silent child 2 僕が通うギター教室は、あのお兄さんが居るお店の奥にある。 ちなみにあのお兄さんの名前は、テツさんって言うらしい。 喋れない僕は、「テツさん」って一度も呼んだことはないんだけど、心の中や、大和の前では勝手に呼んでいたりする。 このことを知っているのは、やっぱり大和だけ。 僕のレッスン日は日曜日。 曜日ごとに担当の先生は変わるんだってテツさんは言っていた。 テツさんに連れられて、初めてレッスン室に入る。 大きなアンプに、スタンドに、譜面台に、足台に……、なんだかよく分からない機材が置いてあった。 「先生来るまで、座って待ってな!」 (テツさん、行っちゃうの?!) テツさんが一緒にレッスンについていてくれるわけもなく、僕はポツンと置いていかれた。 お店には沢山お客さんが居るはずだけど、防音のこの部屋には物音一つ聞こえてこなくて、無駄に緊張してくる。 ドクドクと脈打つ自分の心臓が、妙に煩く感じた。 膝の上で手をぎゅっと握って……、下を向いたまま、時間になるまで無言で待った。 「こんにちはー。」 静かだった空間に、突然ドアが開く音と、若い男の人の声が聞こえてきて、僕の体はビクンと跳ねた。 「ごめん。驚かせた?」 入ってきたのは、黒髪の、綺麗で若いお兄さん。 「今日から宜しくね。僕は五十嵐啓。ケイ先生とでも呼んで?」 そう言われて漸く先生だと理解した。まだ、凄く若いから、てっきり、テツさんと同じ店員さんか何かだと思っていた。 ケイ先生は、スタンドにギターを立てかけてから、僕の正面に置いてある椅子に腰掛ける。 「君の名前は?」 優しい声音でそう聞かれたけれど……、僕はやっぱり喋ることは出来なくて……、真っ赤になって下を向いた。 「ケンタ君だっけ?確かテツ君がそう呼んでたね?」 僕は、辛うじて分かるくらい、若干こくりと頷いた。 「二人きりだと何だか緊張しちゃうね。」 (嘘。緊張しているのは、僕だけ) だけど……、ケイ先生がそう言って、気を使ってくれたのが嬉しかった。 「僕は28歳なんだ。ケンタ君はまだ14歳か。僕なんてオジさんだね。」 「僕はね、新幹線でここに通っているんだよ。ケンタ君はチャリなんだってね。」 「僕は洋楽が好きかな。ケンタ君は邦楽の方が興味あるみたいだね。」 ケイ先生はずっと一人で喋っていた。僕を笑顔で見つめながら……。 僕は何も自分のことを喋っていない。なのに、僕のことを色々知っていた。 多分、事前にテツさんからリサーチしておいてくれたんだと思う。 優しくて綺麗なケイ先生。あっという間に好きになった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |