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silent child


 そう心配になったけど……、どうやらちゃんと届いたみたい。
 先生の目から、次々と涙が零れ落ちて、唇がふるふると震えだした。

 そして――、
「高木ぃーーっ!! 高木ぃーーっ!!」
 と、名前を連呼されながら、先生の大きな胸の中へと、抱き締められた。

 温かくて、気持ちが良かった。
 お父さんが居たとしたら、こんな感じなのかもしれない。

 やっぱり先生のこと――、大好きかも。


*****



 皆との別れも十分に堪能した後、廊下に出れば、僕のお母さんと大和のお母さんが一緒に居た。

 二人も実は、幼馴染。
 仲の良いお母さん達を見ていて、いつも思うんだ。お母さん達のように、僕も大和とずっと一緒に居たいなって。

 二人に近寄れば、お母さんは直ぐに僕に気付いてくれた。
 化粧をして、スレンダーなスーツを着こなすお母さんは、いつもよりもずっと綺麗。微笑む顔も、いつもよりもずっと優しく見えた。


「憲太。カッコよかったわよ。」

 どこを指して、そう言ったんだろう。
 皆よりも俯き加減で、体育館へと入場した僕?
 皆よりも時間をかけて、漸く返事をした僕?
 皆よりもへっぴり腰で、ステージに上った僕?
 それとも、最後に思いっきり“さようなら”が言えた僕?

 どれかは分からない。
 でも――、褒められたことが嬉しかった。
 僕の顔は、また真っ赤になった。


「憲太君ってば、昔のお母さんにそっくりよ!」
(そっくり?)
 大和のお母さんがそう言って、笑っていた。
 僕が唯一そっくりだと思ったのは、あの日盗み聞きしてしまった時のお母さん。
 お母さんと仲良しの大和のお母さんは、あの本当のお母さんの姿を知っているんだなと、この時悟った。

「よっ、母さん! 憲太のお母さん、こんにちは!」
 大和も直ぐにやって来た。いつものように、ニコニコと満面の笑みで。
「よっ、じゃないわよ。」
「大和君、こんにちは。」
 お母さんに向かって、軽々しく「よっ」とか言えちゃう大和が羨ましい。怒られるかもしれないけど……、僕もいつか、そんな軽口をお母さんにたたいてみたいな、とか本気で思っていたりもする。


「大和と憲太君、帰りはどうする?
 私達、車で来たから、一緒に乗っていってもいいわよ?」
 大和のお母さんがそう聞いてくる。

 そんなの答えは決まっている。
 僕と大和は顔を見合わせた。

「俺達、歩いて帰るよ! なっ、憲太!」
(もちろん!)
 僕は、大和に力強く頷いた。

 この中学校へと、大和と一緒に何回も登下校したけれど、それも今日で最後なんだ。
 最後に、じっくりと味わっておきたい。


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あきゅろす。
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