silent child
12
(ギターを嫌いになりかけた)
こんなに楽しそうにギターを弾く丸尾先生に、そんな時期があったなんてことが、信じられなかった。
――僕にもいつか、そんな時期がやってくるのかな?
確かに、思うように弾けなくて苛々する時はある。だけど、その後出来るようになった時に、もっと沢山の喜びを感じられるって知っているから、頑張れる。
今の僕には、何よりもギターが楽しくてしょうがない。
複雑な気持ちで、先生の顔を見つめていた。
「それはもう、廃人なみの生活を送ってた。ギターを触ることなく、ただぼぅっとする毎日は、つまらないとかそんなことも感じなくて……、本当に感情が全部消えて、頭が真っ白だった。
その後どれくらい経ったか分からないけど、久しぶりに視界に入ったギターに、何気なく触ってみたんだ。
触った瞬間、何だか色々思い出して、気付いたら勝手に指が動いていた。久しぶりの感触が、とても嬉しくて、懐かしくて、泣きながら、俺の下手クソ、とか叫びながら弾きまくってた。
その時思ったんだ。あぁ、俺って、やっぱりギターが好きなんだなって。
知り合いに紹介して貰って、1からリセットして、この職に就いたんだけど……、やってみたら、それはもう楽しくて楽しくて。今度こそ、これこそが天職だなって思えたんだ。」
先生の顔は、さっきからちっとも変わっていないんだけど……、今の先生は、ちゃんと微笑んでいるように見えた。
僕の心も何となく、ほんわりと温かくなった気がした。
「先のことなんてやっぱり、確かなことは分からないんだと思う。俺だって、プロになることが全てだと思っていたし、その気持ちは絶対変わらないって思ってたけど、今は違う。今は分かるよ。それは唯の、俺の思い込みだったんだって。プロの世界以外にも、楽しい世界があるってことを知った。プロの俺じゃなくて、先生やっている俺の方が俺らしかった。
それもやっぱり、やってみなきゃ分からないことだったんだけどな。」
(思い込み……)
――やってみなきゃ分からない。
今の僕には凄く、心にずしっと響く言葉だった。
大和の居ないクラスだと、喋れない。
大和の居ないクラスだと、友達が出来ない。
僕はそう思っていたけど……、それは本当なのかな。
だって――、実際にやってみたわけじゃない。
これこそが、思い込みなのかもしれない。
理数科を受けるのは、学校で僕一人だけ。
理数科に行ったら、大和は居ない。
同時に、喋れない僕を知る人は誰も居ない。
急に喋るようになったって、誰にも注目されずにすむ。今までの僕を、1からリセット出来る。
――新しい僕になれる、チャンスかもしれない。
怖いことではあるけど、これは同時にチャンスなのかもしれない。
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