silent child
11
先生は、よっこらしょ、とジジ臭いことを言いながら、僕の正面の椅子に腰かける。
レッスンを始めるんだなと思って、僕も準備に取り掛かろうと、教本を開いた。
「ヤマトとケンカしたんだってー?」
バサッ
僕とヤマトしか知らないはずのことを言い出したから、驚いて教本を落としてしまった。
だけど、それもそのままにして、僕はコクリと頷いた。
何で知っているのかも気になったし、相談に乗ってくれるのかもしれないって思ったから。
「ヤマト担当の、曽根先生から聞いたんだけどな。曽根先生は、もちろんヤマトから聞いたわけだけど。
進路のことで、揉めたんだってなぁ。」
そこまで知っているんなら、先生も、僕が悪いって思っているんだろうな。そう思ったら、顔を上げられなかった。
どこを見ていたらいいのか分からなくて、とりあえず譜面台の脚をじっと見つめる。
聞こえるのは――、丸尾先生の声。
「おじさんには、進路のことなんて、偉そうに言えないんだけどなぁー。おじさんなんか、中卒だし。」
(先生なのに、中卒?)
「後先のことちっとも考えずに、プロになることしか考えてなくてねぇー、馬鹿なことばっかやってたっけ。おじさんも夢見る若者だったのよぉ!」
(でも、ちゃんとプロになれた)
「前座でライブに出た時、メインバンドの方をスカウトに来たはずのマネージャーの目に、なぜかおじさん達の方が目に留まっちゃったらしくてねー。上手いことに、デビューなんかして調子こいちゃった!」
(でも、実際人気あった)
「始めはそりゃもう、天国行った気分で、ハイになって、生意気ばっかしてたっけ。もう楽しくて楽しくて、天職に思えたくらい!」
(実際、実力だってあった)
「だけど――、それも長くは続かなかった。」
急に変わった口調にドキッとして、思わず顔を上げた。
真剣な顔しているに違いないって思ったのに……、先生は、変わらず微笑んでいた。
「今の流行はこうだからこんな曲にしろとか、もっとクールなキャラにしろとか、早く新曲を作れとか、色々言われている内に……、楽しくなくなった。気付いた時には、嫌々ギター弾いて、嫌々曲作って……、何やってるんだろう俺って、毎回思っていた。あんなに大好きだったギターを、嫌いになりかけているってことが、一番ショックだった。
だから――、辞めた。俺が抜けた後も、暫くは新しいメンバーを加えて続けていたけど、後々解散。
辞めた後、何をしたいのかが分からなかった。プロになることしか考えてなかったから。」
今喋っているのは、きっと当時を生きた丸尾先生なんだなって思った。
微笑んでいるのに……、どことなく悲しそうに見えて……、何だか胸が、ぎゅっと握り締められたかのように痛かった。
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