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silent child


 先生に、最後に言いたいことがあったから。


 なのに――、僕は声を出すことが出来なかった。
 言いたいのに……、伝えたいのに……、どうしても声が出てこなかった。

 頑張っているのに……、最後だから絶対に頑張りたいのに……、たった5文字の言葉を音に出来なかった。

 そんな自分がムカつく。
 そんな自分が嫌い。

 そんな自分が情けなくて……、そんなことも出来ないことが悔しくて……、下を向いて真っ赤になった。

 前に突っ立ていられたら、先生に迷惑かもしれない。やっぱり、出来ないくせに、言おうだなんて考えなければ良かったのかもしれない。


「ありがとう。」


 僕の言いたかった5文字が、僕の背中から音となって飛んできた。

「先生。憲太が、“有難う”って。」
 後ろに立っていたのは、大和だった。

 どうして大和は分かるんだろう。僕が言いたかったことが……。

 大和の気持ちとしてではなく、僕の気持ちとして伝えてくれた。

 やっぱり、僕にはまだ喋ることは出来ないみたいだ。けれど、先生に僕の気持ちを伝えられたことが、凄く嬉しかった。
 下を向いたまま、同意するためにコクコクと首を動かした。

「俺は本当に何もしてないぞ。偶然だ、偶然。」

 先生は笑顔で否定する。真実を知ることは出来ないけれど、僕は先生が配慮してくれたんだと思ってる。

「お前は俺に礼ないのかよ? 散々面倒見てやっただろ?」

 先生は大和の肩を、冗談混じりにトンと叩く。

「えー、俺が先生の面倒見てやったんだよー!
 でもまぁ……、有難うな! 先生!」

 ヘラヘラと笑って礼を述べる大和が、僕には眩しかった。羨ましかった。

 いつか僕も――、大和のようになれたらいいな。“ありがとう”のたった5文字。それを音に出来る日が来るといいな。



「じゃぁ、行こっか。憲太。」

 大和が僕の手を引く。1年過ごしたこの教室を出て、これからの1年を過ごす新しい教室に向かうために。

「ちょい待った。」

 僕達を引き止めた先生は、一瞬考えた後、一言だけ言って僕の頭をポンポンと軽く叩いた。


「がんばれよ。」

 そのたった一言。何を、とは言わなかった。


 けれど、僕には何となく分かった気がする。3年生になっても、勉強を頑張れとかそういうことではなくて……。もっと色々な意味で、これから頑張って自分を変えていけって意味じゃないかなって思った。

 僕は、先生を振り返ることなく、コクリと首だけを動かし教室を後にした。一度引いていた熱が、また僕の顔に集まっていくのを感じていた。

 今年こそは――がんばりたい。

 先生のたった一言で、そう思えた。


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あきゅろす。
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