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鐘の音

それを見たのは偶然だった。

リンゴーンリンゴーン。

教会から聞こえる鐘の音とたくさんの人の歓声。おめでとうと祝う声が教会の扉から出て来た男女を取り巻いて囃し立てる。

純白のドレスを着た女性は幸せそうで、遠くから眺めていたアリスも思わず笑顔が零れた。

帽子屋に遊びに行く途中で見たその光景は思いの外アリスの印象に強く残る事になる。






「ねえブラッド、貴方は結婚しないの?」




例えば、結婚を人生の墓場と言い切ったこの男にこんな質問をするくらいには。

相も変わらず優雅に紅茶を飲むへんてこな帽子を被った男はさて、と首を傾げて見せた。

その顔には常と同じ気怠そうでやる気のない笑顔を浮かべている。




「今のところその様な予定は入っていないね」

「あら、そうなの」

「不満そうだな」




そう言って笑った男にアリスはいいえ、と肩を竦めた。




「あなたの事だから相手には困らないでしょうに」

「ふふ、どうかな」

「白々しいわね」




にこにこ、否にやにやと笑うブラッドをアリスは半眼で睨みつける。

それに対するブラッドの反応はあっさりしたもので、軽く肩を竦めただけでまた紅茶を飲みはじめた。

ブラッドはこの話題に興味がないらしい。だがアリスに話題を転換する気はさっぱりない。




「ブラッドの結婚式、興味あるわ」

「私はないね」

「私があるの」




ブラッドは紅茶を置いて面倒そうにアリスを見た。




「君はそんなに私に結婚してほしいのか」

「いいえ、興味があるだけ」

「君のその好奇心を満たすには私が結婚式を挙げなければいけないことになるが」

「そうねぇ」

「リハーサルでもしろと?」

「相手のいない結婚式…、虚しいわ」




終わりの見えないやりとりにブラッドは心底面倒そうに溜め息を吐いた。

アリスも流石にしつこすぎたかしらと紅茶のカップに手を添える。




「ここに来る途中に結婚式を見たの」

「…それでか」




納得したように相槌をうったブラッドに頷いてアリスは続けた。



「幸せそうだったわ」



目を閉じれば先程見ていた光景が瞼の裏に映し出される。思わずこちらも微笑んでしまうような笑顔。

アリスが見たかった花嫁とは別人だが、それでも心はほんのりと温まった。




「なら君も花嫁になればいい」




突拍子もないブラッドの言葉に閉じていた目を思い切り見開く。まじまじと見ても相手はいつもと変わらないにやにやとした笑みでアリスを眺めていた。




「君の隣を望む男はたくさんいるよ、厄介な連中も多いが…いやこの世界の奴らは皆厄介か」




ふふ、と一人楽しげに笑うブラッドにアリスは白い目を向ける。

そんなアリスにブラッドはより楽しげに(先程の面倒そうな様子は微塵もなく)進言してきた。




「より取り見取りだ、役付きから役無しまで」




役無しはあまりお勧めしないが、と付け加えられる。

にやにやにやにや。楽しそうな事を少し離れたとこから見守る、いわゆる傍観者の目でブラッドは言う。

役付きから役無しまで、その中にブラッドは含まれていないらしい。ブラッドにとってアリスなど眼中に無いという事だろうか。ちく、とほんの少し胸が痛んだ。気がして、無性に腹が立った。

失礼な奴、それは貴方からしてみれば私なんてちょっと珍しい貧相なただの小娘でしょうけど。貴方こそより取り見取りよねそんなへんてこな格好でもきゃっステキブラッドさまぁ(ハァト)なんて言ってくれる女性がたぁくさんいるんだもの。

一瞬にして脳を駆け抜けた言葉は音になる事なく、アリスの口からは別の言葉が出ていた。




「なんで私が結婚するの」

「君は結婚がしたいのかと思ったが」

「別にしたいなんて思ってないわ」




先程見た光景が素敵だと思っただけ、それに、

そこでアリスは言葉を切る。

続きを促すような視線をブラッドから感じたが次の言葉は出てこなかった。

…誰でもいいってわけじゃないでしょう。言おうとした言葉にアリスは自分で問い掛けてしまう。

じゃあ、誰が?

考えた瞬間に出て来た相手にアリスは青ざめた。




「お嬢さん」

「なっ…なによ」




どもった。最悪だ。

顔がじわじわと熱くなっていくのが分かる。静まれと思う程顔に熱が集中していく。

ブラッドは何気なく呟いた。




「私と、結婚してみるか?」




ぼんっ

顔が爆発した。

と思う程熱かった。




「な、な、な、」




見透かされたのかと思ってブラッドを見れば、そこにあるのは嫌らしい程のにやけ面。

瞳を細めてにやにやと笑ったブラッドを睨みつければく、く、く、と笑って、




「…冗談だ」




とりあえず一発殴っておいた。

結婚の話なんてするんじゃなかったとアリスは冷静になった頭で考える。何故だか急激に渇いた喉を潤す紅茶はいつも通り美味しくて、目の前で面白そうに笑う奇天烈な男への苛立ちも緩和してくれるような気になった。

…私は結婚なんて当分先だわ。

そう考えて小さく息を吐く。





リンゴンリンゴン。

遠くから鐘の鳴る音が聞こえた気がした。







end.

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