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さて生きてみようか

声にならない叫びが口から漏れる。

ゆっくりと自分の体を見下ろすと、白い衣装がじわじわと赤く染まっていくのが見えた。

まだいける、とブラッドは思った。

マシンガンのトリガーを引く。倒れていく数より群がってくる数の方が多い。




「エリオット!」




声を張り上げて、部下の名を呼ぶ。




「約束だ、来い!」




彼と交わした約束を実行する、それはブラッドのさいごの気まぐれだった。

オレンジ色が揺れるのが見える。マシンガンを撃ちながら、力が入らなくなっていく自分の体を感じて眉間に皺を寄せた。

遅らせていた周りの時間を完全に止める。遅らせるよりも早めるよりも負担のかかる行為。保って数分、何時までも時間は止めていられない。他の役持ちが領域にいるなら余計のこと。




「ブラッド!」




思わず膝をついたブラッドに駆け寄ってきたオレンジ色はいやだいやだと泣いていた。

いつもは鬱陶しいと殴りつけるが今ばかりはそんな事もしていられない。




「約束だ。想定していた状況とは違うが、どうするエリオット」

「いやだブラッド、死ぬなよ一回退こう時間は俺がどうにかするからだから」

「落ち着け、状況を考えろ。時間だって役持ちでも領主とお前とでは分が悪い」




かち。ブラッドの中で針が揺れる音がする。

やはり早いなと舌打ちし、口を開こうとして咳き込む。咥内に鉄臭い味が広がって内心で再び盛大な舌打ちをした。隣から絞り出したような悲痛な声が聞こえる。




「ブラッド!」

「…時間がない早く決めろこのままだとお前も死ぬぞ時計を残したままでな」

「俺は、俺」




涙で濡れた目が戸惑いで揺らいでいた。

俺は、と掠れた声が幾度と繰り返される。

それでも決断しなければいけない。




「こんなのは嫌だ」




うなだれたオレンジ色の兎にブラッドは目を細める。

怒ってはいない。ただならばもう少しだけブラッドは立っていなければならなくなっただけだ。この兎の為に。




「そうか。なら早く逃げろ、お前1人ならどうにかなるかもしれない」




それでもかも、だ。こちらの戦闘要員は散り散りにされている。対して敵は万全の状態で挑んできていた。

こちらが不利なのは火を見るより明らかだ。

ブラッドは赤く濡れた口元を拭ってマシンガンを支えに立ち上がる。今のうちに敵を減らして置いた方がいい。エリオットを逃がすなら尚更。




「…嫌だ」

「ほう」

「嫌だ」

「さっきから嫌だ嫌だとうるさいな」

「だって嫌だ!俺はまだブラッドと生きていたいんだよッ!」




膝をついていたブラッドに合わせて屈んでいた体制から立ち上がりエリオットはブラッドを睨みつける。

ブラッドは僅かに驚いてエリオットの瞳を見返す。




「俺はブラッドが死ぬなんて嫌だ、俺の時計を残したまま俺が死ぬのも嫌だ!」

「お前」

「俺と逃げよう。それで共倒れするならそれでもいい。1人でなんて死なせねぇからな!」




涙目で責めるよう言い放つ大きな兎に、ブラッドは困ったように少しだけ瞳を揺らした。




「時計はどうする。今までの苦労が水の泡だぞ」

「時計の為だけにブラッドに従ってたわけじゃねぇよ。ブラッドを死なせるくらいなら俺の時計なんてどうでもいい!」

「嫌なんだろう」

「嫌だ。だからブラッドも俺も生きて、時計はブラッドが元気で俺が死んだ時に壊してくれよ」




この世界では珍しい生気に満ちた目がブラッドを映す。

限りなくゼロに近い生存確率。揺れる、揺れる、針。

目の前には忠実なる相棒。

ブラッドは
笑った。




「我が儘な奴だな」




ああそうだ、と情けなく笑い返したエリオットから視線を外し前を見据える。

どうやら暫く膝をつけそうもない。

意味のない生にしがみつけ、縋りつけとこの兎の目が煩いから。

それもまた、一興か。




「行くぞ」




まだ生きることに、退屈せずにいられそうだ。





+




ということがあってね

君に出会えたのだからまさに生き延びて正解だった

エリオットに感謝しなくてはいけないなあ

うん?

そうだなあの後は大変だったよ

なんせ私は命に関わる怪我を負っているしエリオットだって万全の状態ではなかったからね

怪我の進行は遅らせていたにせよあの時は随分辛かった

珍しいだろう私だって辛いとか痛いとかは感じるよ

まあなんにせよ私達がここにいるという事は無事に助かったわけだ

ふふふ

そんな不安そうな顔をしないでおくれ

今は君がいるから飽きないしそうそう無茶なこともまあしないさ

生きることが楽しいからね

それにこの武勇伝ひとつとっても、

武勇伝だよこれはもちろん

そう、ひとつとっても私とエリオットがいればなんだかどうにかなる気がするだろう

…しないのか、仕方ないな

では約束でもしようか




私は君達を置いて死にはしないよ





+




「大事にされているのね」

「いつもしているだろう」

「私もだけど、例えばエリオット」

「面白いものは大切だからな」




ふふふ、と笑うブラッドの瞳が優しくてアリスも思わずつられて微笑んだ。

帽子屋は今日も平和だ。







e.


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