柔らかな日
鼻がぐずぐずしてやけに息苦しい。
どくどく痛む頭に、立ち眩み。
ああこれは風邪だなと気付いてその瞬間肩がずんと重くなった感覚がした。
(感じたのはこの世界でも風邪を引くのだなということ。)
「…当然だろう。でなければ病院なんてものは存在しない」
「ああ、そうよね」
ふらふらする足取りで廊下を歩いていたら、突然腕を掴まれ部屋に連れ込まれた。
屋敷の主はこんな時まで強引だ。
「と、いうかだ。病という言葉が伴侶のような存在が君の身近にいるはずだが?」
「…あれは別格な気がしてたわ」
某芋虫さん。そう、そういえば彼はよく風邪を引いている。
風邪に止まらず、吐血なんてざらなこと。
「彼だけ病弱だなんて、ありはしない」
「分かっているわ。ただ少し理解できていなかっただけ」
「…それは、分かっていないのと同じじゃあないか?」
「いいえ、だってでも仕方がないでしょ。あの人以外、貴方だって一度も病気になった所を見たことがないんだもの」
それは、そう。
風邪なんてものの存在を忘れてしまう程。
呆れたような溜め息が目の前の彼から吐き出された。
「言い訳だな」
「そうね」
けろりと答えればもう一度吐き出される溜め息。
タイミング良く叩かれた扉にブラッドは力無く入室を促した。
「ありがとう」
入室し、用意するように言われたであろう茶器を並べていた同僚に、アリスは笑いかける。
相変わらず間延びした声で同僚はいいえぇ、と答えすぐに退室していった。
気だるげにお茶の用意をし始めたブラッドを見つめ、もう一度。
「ありがとう」
「どう致しまして」
呆れたように笑うブラッドにはいつものような皮肉めいた色はない。
ただ呆れて、それでも慈しむような。
彼らしくない仕草に擽ったくなり、もぞもぞと尻を浮かせ移動させた。
「今日はゆっくり休め。もう出歩くんじゃないぞ」
「…といっても、ここは貴方の部屋なんだけど」
「私の部屋は君の部屋だよ」
おかしな切り返しになにそれと笑えば目の前に紅茶が置かれそのままの意味だよと返される。
湯気の立つ紅茶は、どこか安心させる雰囲気でその存在を主張していた。
「後で軽い食事と薬を運ばせよう。君はそれを飲んでさっさと寝なさい」
「ブラッドったら、なんだか私の保護者みたい」
「実際そんなものだろう」
「…まぁね」
温かな琥珀色の液体を一口運び、息を吐く。
鼻はまだぐずぐすしているし、息は苦しい。
そのせいで紅茶の香りは分からないが、きっとほのかに甘いのだろう。
「早く治しなさい。これでも私は君の夫で、君を心配している」
優しい声に、今日は何故だか素直に頷けた。
一口、液体が体の中を通りほんのりと心までも温めているようで。
嗚呼、なんだか今日はやけに擽ったい。
アリスはひっそりと笑って、手に持った紅茶の温もりを感じていた。
e.
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