君が居るその場所へ
「アーリス」
ひょっこりとその男は顔を出した。
明らかに人の通り道ではない木々が鬱蒼と茂る場所から。
…アリスは黙って回れ右をした。
「ああっ、酷いなー。そこまであからさまに避けなくてもいいだろぉ、俺だって傷付いちゃうんだぜ。アリスってば、アリスー、アーリースー」
「………」
段々と大きくなる声に耐えきれず覚悟を決めて振り返る。
目が合った瞬間、男は笑った。にっこりと。
「やぁっと気付いた。君って視力悪い上に難聴なのかと思って心配しちゃったよ」
飛びきりの笑顔で爽やかに言ってはいるが、間違いない。これは、嫌味だ。
副音声を付けるとするならば、俺を無視するなんていい度胸だよね辺りでいいだろう。いいと思いたい。
「そう、それはごめんなさい。…で、私は何故呼び止められたのかしら」
「用事がないと呼び止めちゃいけなかった?」
「いいえ別に。ただ少しいえ大分迷惑なだけよ」
「ははっ、手厳しいなー。じゃあ用事を作ればいいんだな?」
オブラートからはみ出た状態で投げた筈のアリスの台詞も、けらけらと笑う男には全く効果を成さない。
それはもう腹立たしいくらいに。
一発くらい殴らせてはくれないものだろうか、アリスは思う。切実に。
「…俺さあ、今城に向かってる途中なんだけどさ」
「ええ」
「俺が城に辿り着いたら、おかえりって言ってくれない?」
「…は?」
思わぬ言葉に思わず男の顔を凝視する。
男は照れたように笑って、頭を掻いた。
「ほら、いつだったかこの前さ、言ってくれただろ?」
確かに言った。気がする。
何十時間帯かぶりに城に戻った男に偶然出会い、なんとなく。
「あれ、嬉しかったんだ」
「…お城のメイドさん達だって言うじゃない」
「違うよ。君はあいつらとは違う」
男の顔から笑顔が消え、弛んだ頬が引き締まる。
真摯な色を湛える瞳は、真剣だった。
また変な理屈を、とアリスは顔をしかめる。
「…役無しとか、有りだとかは関係ない。そんなんじゃなくて、きっと」
「…?」
「君だから、嬉しいんだ」
きょとん、と。
アリスは呆けた。予想外もいいところだと。
「だっておかえりなさいなんて、まるで君が俺の帰る場所みたいだろ?」
「…っな」
「君がそこで待っててくれるなら、俺は頑張れる気がするからさ」
男は笑った。にっこりと。
先程とは、全く違う微笑みで。
かっ、と熱くなった頬を押さえて、アリスは恨めしげに男を見遣る。
「………用はそれだけ?」
「ああ」
爽やかに、爽やかに。
男は笑う。
アリスは溜め息を吐く。
「…しょうがないわね、」
渋々頷く。ふりをした。
それでも頬は弛んで笑みが零れる。
「あんまり待たせないでよ、エース」
「ああ、君が待っててくれるんだもんな!」
じゃあな、と手を上げて出てきた反対の茂みへと消えていく男。
それに手を振りながら、アリスは。
「……そっちは逆方向なんだけど」
ぽつり。呟いた。
ああこれはまた随分時間がかかりそうだと笑いながら。
e.
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小酒井様にリクエスト頂きましたエスアリです。
気に入って頂ければいいのですが…
リクエストありがとうございました!
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