その先はまだ見えず
「泣かない」
不毛な質問をした。
私が居なくなった、後の事を。彼の事を。
余りにはっきりと言われたそれは、重く響いてずきりと痛む。
執務机とソファ。近くも遠くもないその距離が肌に触れる空気をより一層重い物にした。
かさり、紙の音。
「…泣く必要がない」
俯いて、自分の膝をじっと見詰める。
静かな声は静かな空間でよく通った。
そうだ彼が泣く筈はない当然のことだと納得しようとしても、痛いものは痛くて居たたまれないし目の奥がじんわりと熱くなる。
「アリス」
「………」
「アリス、」
呼ばれる声。
応えて声を出せばきっと弱々しく震えて滑稽だ。
唇を引き結んで押し黙る。
「私の声が聞こえないのか、お嬢さん」
睨む事も出来ず、只その声を聞いた。
何処か愉しげな、独特のニュアンスの。
「君は、酷いな」
「ッ」
スカートを握り締める。
責めると言うよりは確認する様に彼は言った。
「君はいつだって、帰る事前提で話を進める。こちらの気はお構いなしに」
「…、貴方だって」
「うん?」
唇が震える。震えて、けれど。
顔を上げて精一杯の虚勢を。
「貴方だってそうじゃない」
睨み付ける。
潤んで不鮮明に映る視界の中で、彼は只私を見つめていた。
酷い、酷い、酷い人。
貴方だって。
「…そう。だから私は泣く必要がないんだ」
貴方だって、同じ筈なのに。
ぽろり、温かいものが頬を伝った。
「私には君の義務なんて、どうでもいい。優先すべきは君が此処に幸せで在る事と、私の傍に居ることだ」
ひたりと合う瞳が揺らぐ事はなく、言い放つ言葉は温かいのに冷たい。
矛盾する温度に心臓がぎしりと軋んで、堪えきれず瞳を逸らした。
「…なあ、アリス」
名前を呼ばれる。
それでも瞳は逸らした侭。
「例えば私が泣いたとしても」
静寂の中、やたらとはっきり聞こえるそれは只、寂しく。
「君にはもう、届かないじゃないか」
確かめる術の無い事を、
君は私に望むのか。
(聞こえる声は、只、痛い)
e.
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