明確に
「君は狡い」
何がなんて聞く間はなくその奇天烈な帽子を被った男は空気を震わせる。
「私は君を失う事だけがこんなにも恐ろしいのに、君はそうじゃない」
君は私だけが恐いんじゃない。
落とされていった言葉はじんわりとアリスの中に染みて滲みる。
ぐさりと刺さる痛みはないのに、じりりと背中を這うようなそんな鈍痛。
「不公平だ、とても」
それを理解しているから否定できず否定できない自分が憎らしい。
失うのは恐い。目の前の男を失うのが何より一番。けれど。
「君は、狡い」
再び囁かれた言葉に鈍痛は増してどうしようもなく。
男が望む形で自分はきっと彼を愛せはしない。
彼が一番であっても、自分には他に失い難い者が在るのだから。
「…君も、私と同じであればよかったのに」
目の前の男は只ひたすらに無表情で、その瞳だけがぎらぎらと鈍く輝いている。
いつもの何かを企んでいるような胡散臭い笑顔は形を潜め、その瞳だけが感情を現していた。
絡み合う視線に圧倒される。
「それでも、」
ぽつりと落とした自分の声は、最後まで吐き出せはせず男に抱き締められた。
窒息してしまいそうな力強さで背骨が軋む。
圧迫され息苦しさすら感じるのに、仄かに香る薔薇の匂いに力が抜けて抵抗する気力もない。
「…痛い、わ」
言えば強まる力に瞼を閉じて、どちらがとは言えずに男の背中に腕を回した。
比べる必要すら無い程
明確な
e.
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