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願うは君を

「君はピアノが弾けるらしいじゃないか」




ブラッドの唐突な言葉に、アリスは思わず顔を上げた。

聞いた張本人であるブラッドは面白くもなさそうにただ気だるげにアリスの前に突っ立っている。

いきなり何なんだ、アリスは首を傾げた。




「それがどうかしたの」

「…どうかしたも、何も」




ふ、と口角を上げてブラッドはその瞳をひたりとアリスへ定める。

常に娯楽を求める貪欲な男の瞳に、今ははっきりとアリスへの責めの色が浮かんでいた。




「弾けるなら、言えばいいだろう」




口角をつり上げ、ブラッドはアリスを睨み付ける。

侮蔑する様な表情でもって、けれど彼は拗ねた様に言葉を紡いだ。




「弾きたいなら言えばいいんだ。…遠慮はいらない、ピアノくらいいくらだって買ってやるから」




な、お嬢さん。

同意を求められ、それがまるで名案だと言うように提案する男に、アリスは急いで首を振った。

勿論、横に。




「いらないわ」

「遠慮するなと言っているだろう。で、君はどんなのがいいんだ」




私としては真っ白なグランドピアノなんか君に似合うと思うんだが。

にやにやにやにや、高圧的な態度でそう迫るブラッドは端から瞳が笑っていない。

断ったら殺してやる、そんな勢いすら伺える。




「…もう、いらないったら!別に弾きたくもないし、どうしたのよ急に」

「…弾きたく、ない?」

「ええ、そうよ」




一歩後退りして反抗すれば、ブラッドの顔から一瞬にして笑顔が消えた。

ようやく一致した顔の動作に安心、出来るはずもなくアリスの顔は嫌でも引きつる。




「そうか、成る程」

「…なぁに?」

「私はどうやら少しばかり勘違いをしていたようだ」




ぽつり、呟いた言葉を皮切りに再びブラッドの顔に笑顔が浮かぶ。

皮肉気な、と言うオプション付きで。



「私は君が、他の男の所に行ってまでピアノを弾きたいんだと思っていたが」

「は?」

「どうやらそれは、逆だったらしいな」

「…貴方何を言って、」

「君はあのメルヘン男に会う為に、ピアノを弾きに行っているんだろう?」




なぁ、アリス。

ぞわりと背筋に走る寒気。呼ばれた瞬間に走ったそれにアリスは冷や汗を流した。

怒っている。彼は、確実に。




「そ、れは友達だもの。会う為にってそんな、ピアノだって頼まれて弾いているだけなんだから…」

「あいつに、頼まれて、わざわざ君が、その指で?」

「そ」



うよ、と続けようとしてアリスはブラッドの雰囲気が変わったことに気付いた。

やってしまった、アリスは顔を歪める。

彼が、酷く冷たい。




「潰してこよう」

「…え?」

「あいつの耳を、潰してこよう」




当然のようにブラッドの口から出た言葉にアリスは目を見開いた。

ブラッドはそんなアリスの様子など気にも留めずに只平然と言葉を続ける。




「いや、耳だけでは足りない。目も、喉も、指も、全部潰してやる」




淡々と、ブラッドは囁く。否、それは囁きよりも呟きに近い随分と物騒な独り言のようで。

けれど、それでも見据えた視線はアリスから逸らされない。




「…そうすれば、君はあいつの所に出掛けたりはしないだろう?」




白々しい程に甘い声で、彼はアリスにそう囁いた。




「…ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「ピアノなら買ってやるから、いつでも弾けばいい。私の為に」



嗚呼、やけに心臓が重い。

ずくりずくりと、闇の中へ放り込まれるような。

焦れば焦る程、ブラッドは優しげに微笑う。




「そうじゃなくて!」

「不満かアリス。なら時計を抉りだしてあいつを消してやるか?」

「違う、違う!やめてよ!」




耳を塞いで、瞼を閉じて、ヒステリックに叫んでブラッドを引き止めれば、闇の中でこつり。靴の音。





「…なら奥さん。約束をしよう」





耳元で囁かれた言葉は強制で、アリスはブラッドを憎らしげに睨むしかない。

そんなアリスをブラッドは笑って、恭しく口付けた。















(だって君は私の奥さんなのだから)















e.

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