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何も知らない

本当は気付いていたの。




「先生」




呼べば振り返る。

優しい微笑を浮かべてきらきらして。

すきだな、と思うのにどこかいつも虚しくて。




「どこを見ていたの?」




聞けば一瞬戸惑って、薔薇をと答える。

深くは追求せず只そう、と返して彼の隣に立った。

彼の目の前に広がる薔薇園。

確かにそれは目を奪われるくらいに綺麗なものだけど、彼はきっと違うものを見ていた。

彼にとって薔薇より綺麗で純粋で魅力的な。




「………、」




私の、姉。

薔薇園の向こう側、ふわふわと風に髪を踊らせながら歩く姉がいた。

隣を盗み見れば彼の目は、




「…酷い人」




小さく小さく呟いて、何もかも気付いていないふりをする。

薔薇に触れた指先にちくりと棘が刺さった。




「、」




一瞬で過ぎ去った痛みはけれど跡を残してじわりと赤く。

その手を握って、俯いた。

ふと頭に触れる暖かい温もり。




「…どうかした?」



優しく優しく、そう問う声に顔を上げて暖かで虚しい彼の姿を瞳に映し出す。




「なんでもないわ、先生」




言って、彼の服の裾を掴んだ。




「…ね、部屋に戻りましょう?」




そうして、私は今日も何も知らないふりをする。











もう少し、

もう少しだけ。

貴方の隣に置いていて。













e.

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あきゅろす。
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