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望むは懐かしき

「君は私の元を去った癖に、ちっとも幸せそうじゃないな」




ふいにアリスの耳に入る声。

懐かしいその声は、優しいのに冷たい。

昔と変わらず、気だるげな。

辺りを見回しても誰も居らず、アリスは空耳かと溜め息を吐いた。

きぃん。頭に響く音。




「それともこれが君のしあわせか?…だとしたら随分趣味が悪い」




ば、と顔を上げ再度周りを見回す。

けれどやはりアリスの周りには誰もいない。

いるはずもない。

それでも甘く苦く響いた声は耳に残り消えはしない。




「、ブラッド?」




小さく呟いた声が静寂に飲み込まれ、痛い程の静けさがアリスを包んだ。

ふ、と。





「…名前くらいは、覚えているようで嬉しいよ」





なぁ、お嬢さん。

聞こえた声にじんわりと熱くなる瞳の奥。

つんと痛む鼻は泣き出してしまう前触れで、アリスはそれを堪えるために唇を噛んだ。

含まれた嫌みにすら反論出来ず、顔を伏せ。




「君の幸せは私を不幸せにしたよ。私は今、しあわせではない」




責める声音は尚優しく、あの奇天烈な格好をした男の独特な喋り方が昔の夢を掘り返して、痛い。

昔、と断ち切ったはずの夢だ。

夢は夢でしかない。そう思い込んでけれど、しあわせでないと嘆く夢の中の男の声に心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。




「君がいなくなって、死んでしまいそうだ」




言葉の中に熱く隠る、憎悪の色。

死んでしまいそうだと言いながら、今にもアリスを殺してしまいそうな深い殺意がどろどろと垂れ流される。

どっぷりとそれに浸からされ、アリスはぼんやりとこれは夢に違いないと思い込む事にした。

竦む足も、込み上げる懐かしい想いもすべて。




「ブラッド」




呼ぶ。

夢ならば、姿も見せればいいのに。

目覚めれば虚しい事など分かっている、けれどあの姿をもう一度見たいのだ。

もう一度だけ、本当は。




「…会いたい」




ぽつりと落とした声は波紋を広げるように空気を揺らした。

夢だから、これは夢だから。

しあわせなんて望んではいけないとアリスは自分を戒める。

落としてしまった呟きにぎゅ、と唇を閉じた。

瞳には厚い膜が張り、今にも零れ落ちそうで。




「…お嬢さん」




そう呼ぶ声に、我慢が出来なくなった。

ぽろぽろぽろぽろ。こぼれていく水分に一言だって声を漏らさないように唇を引き結ぶ。




「しあわせに、ならないか」




ふるふると首を振った。

俯いて手のひらで顔を覆う。

しあわせはいらない、と。拒絶する。




「では私をしあわせにしろ、アリス」




その声は低く響いて暖かかった。

ぐい、と腕を引っ張られ俯いた視界に映るのは懐かしい、白。

ふんわりと香る薔薇の匂いは、今まで無かったものだ。




「……ブラッド」




夢だ。夢なんだ。夢でしかない

そう思っても、掴まれた腕の暖かさは変わらずアリスはただただ安堵した。

消えてしまいそうで怖くて安堵している自分が嫌で。

けれど何よりこの男から香る薔薇の匂いが懐かしくて。

覚めれば虚しい、夢の続き。





「君に拒否権は用意していない。迎えに来たぞ、お嬢さん」




帽子の男は昔と変わらず気だるげな仕草でにやりと笑う。

抱き締められて飛び込むのは、懐かしいあの深い深い闇の中。

涙で濡れた瞳で男を見上げれば、昔は無かった暗い色が瞳の奥に見え隠れする。




「私はどうやら、死なずにすんだようだ」




そう笑う声は、暗闇に急加速していく風の音で掻き消された。










君を殺して

私もいなくなれば

それでよかったのさ
















覚めない夢に、アリスは落ちる。













e.



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