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暗示する

嫌い嫌い嫌い

唱える言葉は暗示に似ている。




「嫌いじゃないくせに」




嫌味たらしくねっとりと笑う男。

いつもは気だるげな動作に誤魔化されている鋭い瞳が今は惜しげもなく晒されていた。




「嫌いよ。…自意識過剰なんじゃないの」

「…口の減らないお嬢さんだ」




ふふ、と嘘臭い微笑。

冷めた瞳が不気味に鈍く光る。




「嫌い嫌い嫌い」

「そうか、そうか」

「嫌い嫌い嫌い嫌いよ大嫌い!」

「随分刺激的な愛の言葉だな?」




そんなに傷付けられたいか?

甘く甘く、どろどろに溶けそうな程甘く、耳元でそう囁かれた。

ぞくりと粟立つ肌。




「…頭おかしいわね、あんた」

「褒め言葉として受け取っておこう」




怯えた自分を隠す為に思い切り睨みつければ、返ってくるのは読めない笑み。

嫌いという言葉はその不気味な笑みで頭から否定される。

認めては、くれない。




「嫌いよ」

「愛しているよ」

「大嫌い」

「君を愛してる」




くすくすと笑って返される言葉。

やんわりと抱き締められた腕の中、ほんのりと薔薇の匂いが香る。





「陰気で根暗で陰険で鬱陶しい君が大好きだ」





ほぼ悪口としか言いようのない言葉の羅列は甘く締めくくられた。




「…私は嫌いよ」




小さく呟く。

薔薇の匂いの中で自分が弱気になっていく。

この腕から、逃げられない。

逃げ出したくて、逃げ出したくない。

矛盾する想いを切り捨てて、いつものように唱える暗示。




「…大嫌い」






逃がさないと伸ばされる腕をはねのける勇気を。

唱え続ければ、きっと。









e.

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あきゅろす。
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