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牧物
*赤いバンダナの行方(ヴァルチェ)
気紛れに吹いた春の風。それにさらわれないよう、強く帽子を押さえていた俺の目の前を通り過ぎたのは、見覚えのある赤い一枚の布だった。


赤いバンダナの行方



「…あった」

春を彩り流れゆく小川の片隅。そっとしゃがみこんですくい上げたのは、ついさきほどに俺の目の前をひらひらと舞いながら飛んでいった赤い布。

やはりか。
手にとった瞬間、推定が確証にかわる。間違いない、これはひなた島の牧場主――チェルシーのトレードマークである赤いバンダナだ。辺りに持ち主の姿が見当たらないところをみると、おそらく洗濯中か何かにさきほどの春風に牧場から飛ばされてきたのだろう。ここにはいない少女に向けて呆れの意を込めたため息を盛大についた後、すっかり重みを増したバンダナを水抜きのためにギュッときつめに絞ってやる。

チェルシーはいったい何をしているんだ。なんて、内心では小言をもらしながらも、ついつい皺になった布を伸ばして。きちんと正方形にたたんで…。

(っ、何をやっているんだ俺は…!)

ふと我に返り、今現在自分のとっている一連の行動を思い起こして思わず自身に驚愕した。無意識だったとはいえ、何故俺がこんなことをしなくてはならない。バンダナが風にさらわれたのは他の誰でもなくチェルシー本人の責任ではないか。
ましてや、知り合ってそれほど日も長くもない俺がここまで面倒をみる必要も義理も何一つない。

そう、ないのだが…。

ふと浮かんだチェルシーの顔。その瞳が哀しげに揺れているのがやけに鮮明に俺の脳内に映し出される。

(……くそっ)

妙な苛立ちを押さえ切れずに小さく舌打ちしたその後、結局俺は片手に赤い布を持ったままふらふらと持ち主探しの旅へと繰り出したのだった。


━━━━━━━━━━


「チェルシー」


バンダナの持ち主の名前を呼ぶ俺の声があっという間に宙に溶けて消える。それほどまでにこの牧場は広大だ。果てが見えぬほどのそれにもかかわらず、チェルシーはたった一人で毎日この広さを相手に走り回っている。
さっきもあげたように知り合ってそれほど日も長くないが、牧場の仕事の大変さというのは島に週2回しか来ない俺でも十分に承知していた。しかしいつ見かけても、当の本人はつらいやら苦しいやら、そんな素振りは微塵も見せず、屈託なくニコニコと笑っているではないか。

チェルシーは強い。
力とかそんな物理的な話じゃなく、もっと精神的な部分で彼女は俺よりもずっと強い意志や志を持っている。俺にないもの、無くしたものをたくさんあいつは持っている。
そんなチェルシーに俺の心は少なからず尊敬を通り越した何かを抱いていた。それはある種で憧れにも似た不思議な感情。しかし、まだこの気持ちが何なのかはわからないままでいる。
けれど、ただあいつの泣き顔だけは見たくないとは心から思うから。実は、結論はもはや決まっているようなものなのかもしれない。
気を引き締めるかのように綺麗に折り畳んだバンダナを強く握り締める。まずは持ち主を探しださなければ。とにかく牧場の中を歩き回ろうかと足を大きく前に踏み出そうとした、そのときだった


「あれ、ヴァルツさん?」


ふと背後から聞こえた声。とっさに振り向いた、そこには驚いた顔をした一人の少女がある。


「っ…!」


息がつまるほど、胸が苦しさに襲われた。
そこにいたのはバンダナの持ち主で、何度か島で顔を合わせているはずなのに。優しく吹く春風に揺れる亜麻色。髪を押さえる布切れひとつないだけで。まるで今、初めて見知ったかのような感覚。

そこには俺の知らないチェルシーの姿があった。


「……ヴァルツさん?」


ここに立ってからいったいどれくらいの時間がたったのだろうか。それさえもわからないほどに俺はチェルシーから視線を逸らせずに立ち尽くしていた。そんな俺を不思議そうに見つめながらふと首を傾げる、その際にサラリと風になびいた髪にまた俺は目を奪われる。言葉が出てこない。


「あっ!」

「!?」


いきなりあげられた驚きの声に無意識に身構えれば、チェルシーは失礼にも俺を指さしながら更に声を荒げた。


「それっ、私のバンダナです!」


やや興奮した様子でチェルシーは俺へと訴えかけている。どうやら指をさしたのは俺じゃなくて手に握っていたバンダナの方らしい。
その、あまりにも必死な形相に思わず込み上げてきた笑いを何とか呑み込んで。その後、俺はようやく平然を装いすっかり握り皺のついてしまった赤い布をそっと持ち主へと差し出した。


「もう飛ばすなよ」

「あはは、気を付けますね。…でも」

「"でも"?」

「あの、わざわざヴァルツさんが届けにきてくれて、凄く嬉しかった、です…」


段々と小さくなる語尾と共に控えめにはにかんだチェルシーは、やはり俺の知らない少女のようで。
もっと、もっと。
出来るならこんなふうに、たくさん俺の知らないチェルシーを知りたい。今まで誰をも求めなかった心の初めての願い。胸の奥に感じた妙なくすぐったさに戸惑いながらも、今日のチェルシーが俺の心にだけ残るようにと、ただ悪戯な風に揺れる亜麻色の髪だけを俺は静かに見つめ続けていたのだった。


(いつかこの願いの意味を知るときがきたならば)

(そのときは、きっと一番にチェルシーに伝えよう)

END




大変遅くなりましたが、やっとこさキリリク完成いたしました!
笹さま、お待たせしてしまってすいませんです…。

ヴァルツがポエマーな上、一人ツッコミなんてさせてしまってすいませんでした。そしてヴァルチェなのにチェルシーが後半ちょこっとしか出ていないという罠。
申し訳ないかぎりです…。

書きなおしのご要望などがございましたら笹さまよりのみ受け付けたいと思います。
笹さまありがとうございました!


2012.2.5 加筆・修正

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あきゅろす。
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