牧物
なんと愚かな恋心よ!(ダニチェ)
「でな、そのときリリーのやつなんて言うたと思う?」
「知らない」
「なんやチェルシー、えらいノリ悪いな…」
「気のせいじゃない?」
違う、ほんとは気のせいなんかじゃない。
私は今、物凄く不機嫌だ。だけどそのことを認めたくなくて素っ気なく否定の意を示すと、真向いに座るダニーくんは心底不思議そうに首を傾げた。
理由なんてひとつ。恋人の口から他の女の子の名前が出てくるのがただ面白くないだけ。ただの子供じみたくだらない独占欲。よくある女の子の我儘。
だけど、肝心のダニーくんは私のそんな乙女心なんて微塵も感じ取ってはくれやしない。海に関すること以外は、ダニーくんの感覚は他の人より少し鈍い。そう、要するに彼は鈍感なのだ。
そんなダニーくんのことだ、今だってきっと私はお腹が空いて拗ねてるんだ、とかそんな的外れな予想をたてていることだろう。
(ダニーくんのばか)
どうして気付いてくれないのよ。2人だけのときは私だけを見てほしいのに。
(全て私のひとりよがりなの?)
いよいよ本格的に悲しく、切なくなってきて、思わず溢れそうになった涙を咄嗟に堪える。泣いては負けだ。そう何度も言い聞かせるように心の中で繰り返して、全てを隠すために下を向く。
するとどうしたことか、その向こう側では何故か恋人が優しく笑っているではないか
(ダニーくんの大バカ!)
「何でそこで笑うのよ」
「あぁ、すまん。チェルシーの拗ね方が可愛いからつい、な?」
恋は盲目だっていうけれど。私も大概重傷かもしれない。
さっきまで怒っていたはずの気持ちが、顔が、頬が。ふいに紡がれた大好きな人からの言葉たった一つだけで、気付けばいつのまにかゆるゆると全て弛みきっている。
嗚呼、本当に。
恋ってなんて厄介で愛しい感情なのだろうか。
なんと愚かな恋心よ!
(貴方の一言でこんなにも一喜一憂するなんて)
END
*
単発文でかなり走り書きですが、書いてて凄く楽しかったです。
関西弁はおそらく変ではないはず。意識しなかったら普通に話せるのに、敢えて文章化しようとしたら何だか違和感がある不思議。
チェルシーが思っていた以上に我儘ちゃんになってしまいましたが、まぁそれはそれでありかと。
2012.2.5 加筆・修正
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