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牧物
おきまりの隠し味を込めて(ピエチェ)
目の前に置かれたのはシンプルなスープカップ。『召し上がれ』という言葉を合図に私はゆっくりと温かい卵スープを喉の奥へと流し込んだ。


おきまりの隠し味を込めて



「おいしい」

「そのスープはチェルシーさんから戴いた卵を使ったものデス」


あまりのおいしさに思わず感嘆の声をもらした私に料理を作った張本人―――ピエールくんは嬉々と言葉を付け足す。


「私だって自分の牧場でとれた卵を使っているのに……」


ちらりと視線を移せばピエールくんが作った卵スープの隣に並ぶのは同じレシピと同じ材料で作った私の卵スープ。それなのにピエールくんの作った方が何倍も、否、何十も何百倍もおいしいのだ。
“ピエールくんがグルメマン一族だから”と言えばこの話はそこまでなのだけれど、やはりそれだけではどうしても腑(ふ)に落ちそうにない。


「何だか悔しい…」

「悔しい、デスか…?」


例え相手がプロであろうとここまで違いがあるなんてやっぱり悔しいに決まってる。材料が同じなら尚更だ。不思議そうに首を傾げているピエールくんを余所に、私はおいしさの秘密を探ろうと熱心に卵スープへと視線を注ぐ。

見た目に違いは特になし。においも同じ。
ということはやっぱり味が違うみたいだ。
自分の作ったスープへと口付けてみる。シンプルな味付けだけど、素材の旨味を生かしていておいしい方だと思う。少し自意識過剰かもしれないけれど、私の結構な自信作。そう、おいしいはずなのに。

今度はピエールくんの卵スープに口付ける。すると、やはりそれは私の作ったものよりも遥かにおいしい味で喉を潤すのだ。
私のとピエールくんの、いったい何が違うのだろうか。全く要因が分からない。


「……ねぇ、ピエールくん」

「何デスか、チェルシーさん?」

「どうしたらそんなにおいしい卵スープを作れるの?」


いくら頭を捻っても唸っても答えは見つかりそうもないと悟った私は、思い切って直接対決へと持ち込む。もはや当たって砕ける覚悟だ。


「やっぱり決め手は隠し味デスね」

「え、隠し味?」

「はい。隠し味、知りたいデスか?」

「うっ、うん、是非!!」


なんとも意外な展開。まさか向こうからおいしさの秘密を教えてくれるだなんて、これは願ってもないチャンスだ。ワクワクどきどきしながら手招かれるままに段々と距離を縮めてゆく。
2人しかいない部屋の中。それなのにまるで内緒話をするみたいにピエールくんの口元に耳を近付けて、これから紡がれるであろう言葉の先を私は嬉々と待った。


「隠し味はデスね…」

「隠し味は…?」


その刹那だった。
ちゅっ、と軽い音を立てて瞬く間に頬に柔らかい温かさが触れて離れた。驚いて頬を押さえ、更に慌てて少し距離を取れば、悪戯が成功した子供みたいに、ピエールくんは嬉しそうに笑っている。


「顔が林檎みたいデスね、チェルシーさん」

「かっ、隠し味教えてくれるって言ったじゃない!」


赤くなっているコトを指摘されたのが恥ずかしくて話を逸らして責め立てれば、今度は優しい顔で頬笑んだピエールくんによって私はいつのまにかその腕の中に引き寄せられていたのだった。


(隠し味、それは貴方への溢れんばかりの愛デス)


END




一度は書いてみたいありがちネタ。

しかし私、抱き締めるシチュ好きだな。
ヴァルツのときも同じような感じだったような気がしないこともない。けど好きだから気にしない!

2012.2.5 加筆・修正

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あきゅろす。
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