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牧物
*こじつけた口実と共に(ヴァルチェ)
ふと壁に掛けたカレンダーに目をやる。そこにはっきりと書かれた『水曜日』の文字に、はやる心を抑えきれなくて思わず弛む私の頬。
この日をどんなに心待ちにしたことか。朝食のオムレツを急いで口いっぱいに頬張った後、私は勢い良く家を飛び出した。



こじつけた口実と共に



町へと続く道程を一人嬉々と歩く。それは牧場と町とを繋いで真っすぐに延びている道。最近はもうすっかりと歩き慣れてしまったコースを歩きながら、照れ屋で感情表現の苦手な運び屋の姿を頭の中に思い浮べてみる。

それこそ口数は少ないが、本当は誰よりも優しく笑うことが出来るヴァルツさん。最初はとっつきにくいな、なんて思っていたはずなのに。あの柔らかな笑顔を一度目にしたその日から、週に2回しか島へと来ないヴァルツさんに会うために何かと理由を探しているだなんて。あの頃の私が聞いたらきっと驚いて飛び上がることだろう。
本当に、人の気持ちとは分からないものだ。
心の中でそんなことを悶々と考えながら、私は早々と足を進めた。


━━━━━━


「ヴァルツならさっき出かけたわよ?」


辿り着いたヴァルツさんの滞在先である動物屋。見当たらない彼の所在を尋ねた私に向かって、店番をしていたジュリアが少し困ったように眉じりを下げて笑う。


「そっか……」

「やぁね、チェルシー。別に永遠に会えない訳じゃないわ」

「……私、そんなにヒドイ顔してる?」


唯一その問いの答えを知っているはずのジュリアは言葉の代わりに今度はやんわりとした笑みを零す。そんな彼女の様子に思わず苦笑いを浮かべれば、まるで内緒話でもするみたいにひそひそと小さな声で更に付け足してくれた。


「ヴァルツなら森に行ったわよ」


この言葉が何を意味するのか、なんてそんな事を考える前にまず体の方が勝手に動いていて。短く“有難う”と告げて動物屋を飛び出した私へと、察しの良い友人の更なる駄目押し。


「頑張ってねチェルシー!」


何を頑張るのか、なんてそんな言葉は、もはや私たちの間には不要。走りながら“ジュリアもね!”と彼女への後押しも忘れず付け足して私は更に早足に努めたのだった。


━━━━━━━━


「ヴァルツさん!」

「チェルシー?」

「やっと見つけた…!

散々森の中を駆け回って彼を見つけたのはお昼もすっかり落ち着いた頃。肩で息をしながらやっとのことで探しだした人は、のんびりと泉の傍らの木陰で自らの睡眠欲を満たすめに腰をおろして目を閉じているところだった。


「あ、のっ、どうもこんにちは…!」

「あ、あぁ…」


違う、こんなことが言いたいんじゃない。
乱れた息をゆっくりと戻しながら頭の中を必死に整理して言葉を探している私を見兼ねたのか、むくり、と突然に立ち上がったかと思うとヴァルツさんが静かに口を開く。


「俺に何か用か?」

「そうなんです、私ヴァルツさんに用が…」


ガサガサとリュックを探り取り出したのは牧場で採れた牛乳とお米を使って調理した牛乳粥。もちろん彼の好みはリサーチ済みだ。少しでも彼に近づきたいという願いを込めて、好物の味見を口実にして私はヴァルツさんに会いに来た。
だけど私の浅はかな考えは、一瞬にして脆くも音を立てて崩れ去ってしまったのだ。


「あっ…」


手に取ってすぐに気付く。牧場を出たときはあんなにホカホカだった牛乳粥。だけど、それは時間の摂理に逆らう事無く、既にその温もりを手放してしまった後だったのだ。


(こんなの渡せないよ…)


温かさが売りの料理なのにこんなにも冷め切ってしまったものを大好きな人になんて渡せるはずがない。とっさに後ろに料理を隠して急いでとびきりの笑顔を取り繕って誤魔化そうと試みる。
だけど、そんな事で誤魔化されてくれるほど彼は甘い人ではなかった。


「きゃっ?!」


ぐい、と掴まれた腕。数回眸を瞬いた後にはもう、後ろに隠した牛乳粥がその姿を2人の前に現していた。


「牛乳粥?」

「えーと、あの…」


いたたまれないような、恥ずかしいような。なんとも言えない思いがどっと胸の中へと押し寄せて、思わず心ごと感情の波に埋もれてしまいそうになる。もうこれ以上は、隠し通せる訳がなかった。


「……本当は。食べて貰おうと思ったんですけど、ここに来るまでにすっかり冷えきっちゃたみたいです」


不思議そうに料理を見つめるヴァルツさんに包み隠さず真実を話して、苦笑いを盾にまた料理を元に戻そうとリュックに手を掛ける。何事もなかったかのようにこの話はこのまま流してしまうつもりだった。
しかし、急に重みのなくなった手のひらがまた私を現実へと引き戻す。私が慌てて制止の声を掛ける頃にはもう、冷め切った牛乳粥がヴァルツさんの喉元を通過した後で。


「さ、冷めてておいしくないですよ!?」

「心配するな、不味くはない」


ぶっきら棒なくせに妙に優しいニュアンスを含んだその言葉が、伸ばされた私の手をいとも簡単に静止させる。
“不味くはない”というのは不器用なヴァルツさんなりの誉め言葉だという事は以前より彼と話すようになった私の近ごろの発見の一つだ。

一口、また一口。
ヴァルツさんは私の目の前で牛乳粥を次々に口の中へと流し込んでゆく。


――どうしよう。

嬉しくて、愛しくて、思わず思考が停止して動けなくて。初めて帽子の下の笑顔を見たあの日のように、またもや彼は私の心を鷲掴みにして離してくれる気はないらしい。
だから、私はただその様子を見つめているしかなかったのだ。いや、本当は見つめていたかっただけなのかもしれないけれど。とにかく私はひたすらに立ち尽くしていた。


━━━━━━━━


「全部食べちゃった…」


ヴァルツさんの手にある空のお皿を見つめながら驚きの声を一人ぽつんと洩らせば、返ってきたのは思いがけず不安そうな声色。


「食べてはいけなかったのか?」

「いえ、そういう訳じゃないんですけど…」


歯切れの悪い返事を返した私をヴァルツさんが不思議そうに見つめているのに気が付いて、妙に解釈されてはいけないと慌てて言葉を繋げる。


「あの、えと、冷め切った牛乳粥だったのに全部食べて貰って申し訳なかったな、と……」


弱くなってゆく語尾につられてだんだんと顔までもが俯き気味になる。さっきまでは嬉しい感情しかなかったのに、心の奥が急に罪悪感にも似た悲しい感情に満ちてゆく。

無理して食べたんじゃないかな、とか。
やっぱり迷惑だったよね、とか。
浮かんでは巡るネガティブ思考。そんな負の思考を振り切るように服の裾を握り締めれば、それはクシャリ、不自然な皺を付けた。

きっと口実なんてそんな事、考えたのがいけなかったんだ。
いよいよ本格的に落ち込んできた、そんな私の頭のうえへと呆れたようなため息と言葉が突然に降り注いだ。


「俺が勝手に食べたんだ、お前が気に病む必要なんてないだろう」

「でも!」

「それなら明日」


意味深に途切れた言葉。その先が気になって、聞き返そうとして紡いだ言葉は彼に届くことなく足元へと滑り落ちる。
気が付けばバンダナの上には少しゴツゴツした大きな温もり。そのまま優しく私の頭を2、3度撫でた後に離れたそれがヴァルツさんの手のひらであったという事実を飲み込むのに私は明らかに多くの瞬きを必要としてしまった。


「えっと…」

「明日、また味見してやってもいい」


それだけ簡潔に告げて、クルリときびすを返して更に森の中へと歩いて行ってしまったヴァルツさん。そしてそんな彼の背中をぼんやりと見送ってたった一人ぽつんと残された私。

だけど、これでよかったのかもしれない。


(顔が熱い…)


すっかりと火照ってしまった頬に手を添えて、誰に聞かせるでもなく私は一人静かに幸せのため息をついたのだった。


(貴方の告げた言葉も2人が会うための口実だと信じていいですか?)

END



大変お待たせいたしました!
400Hit時にアスカ様から頂いたキリリクのヴァルチェなお話です。

本当はもっといちゃいちゃさせたかったのですが、ヴァルツさんのイメージを壊してしまいそうだったので、やや甘くらいにさせて頂きました。
本当は両想いなのに2人とも気持ちを打ち明けられずに片想い、というのが今回のコンセプトです。

アスカさま有難うございました!

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