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牧物
君は魔術師(マルチェ)
それは聞き慣れた言葉。
それなのにこんなにも心が揺れるのは何故?



君は魔術師


緑おいしげる春の牧場。そこでは色とりどりの野菜たちが我こそは!と、ずっしりその存在感をアピールしている。


「このキャベツはどこに置いておけばいいかな?」

「えと、そこのカゴの中に入れといて」


たくさんの野菜が育つ、春は牧場の稼ぎ時。ほんとは牧場主である私が頑張って働くべきなのだが、いくらこの仕事に慣れてきているからと言っても、やはり私にも限界というものがある。
果てしない仕事の量に途方にくれていた、ちょうどその時に牧場へと遊びにきてくれたのがマルクくん。優しい彼に私が必死に泣き付いて、そして今現在に至るわけで……。


「鶏に餌やってこようか?」

「うん、ぜひお願い!」


急にお願いした仕事だった。それなのに、嫌な顔ひとつせず手伝ってくれているマルクくん。そんな彼は様子は、私にもわかるくらいに楽しさに満ちあふれていて。むしろ、自ら率先して仕事をこなしているようにも見えた。

(―――牧場が本当に好きなんだ)

もちろん私も牧場の仕事は大好きだけれど、マルクくんのは筋金入り。だって、牧場を巡って旅をしているのだ、きっとよほどの思い入れがあるに違いない。


「餌やり終わったよ。あと、卵もついでに運んできたんだけど」

「あっ、それはこっちの箱に入れといて!」


とにかく、私もマルクくんに負けてはいられない。それに、彼がいるこの空間では何だかいつも以上に身体も軽く感じる。

(さて、私も頑張らないと…!)

一人小さく意気込んだ私は、またクワを力一杯振り始めた。


━━━━━━━━


刻は巡って茜色の夕日が差し込む部屋。今日の仕事をひととおり終えた私とマルクくんは、お昼の疲れを癒すべくのんびりと向かい合ってリラックスティーをすすっていた。


「えっ、本当に野菜もらっちゃってもいいの?」

「もちろん。今日はたくさん手伝ってもらっちゃったから、そのお礼に」


籠にたくさん詰まった野菜を覗きながらにっこりと微笑む。マルクくんは本当に嬉しそうに笑う人だと思う。彼の笑みは見ているこっちまで嬉しくなるような、そんな優しさに満ち溢れている。その笑顔を見る度に私は陽だまりに落ちたみたいにあたたかくなる。そして、それと同時にまた胸の奥が切なくも、苦しくもなるのだ。

マルクくんがかける、この魔法の名前を私はまだ知らないでいる。


「ありがとう、チェルシーさん」


それは不意打ちの驚きだった。
たった一言、それも普段から聞き慣れているはずの“ありがとう”ただその言葉だけだったのに。
まるで金縛りにあったかのように、指先一本すら動かせなくなってしまう。何だか心がふわふわとしてどこかへ飛んでいってしまいそうな、そんな感覚に、何も考えられなくなってしまった瞳はただ目の前に座る男の子だけを映している。
そんな私の様子を知ってか知らずか(おそらく彼の場合は後者だろう)、マルクくんからのさらなる駄目押しの一言。


「うん、この島で牧場をするのも悪くないかも…」


小さな声で呟かれた言葉。
貴方にとってはただの独り言なのかもしれない。だけど、それは私の心をさらっていくには十分すぎるぐらいのクリティカルヒットで。
きっとマルクくんは魔術師なんだ。それも魔女様よりもっともっと強い魔法を使える凄い魔術師。そして、そんな偉大な魔術師様が今まで私にかけてきた魔法の名前。

それは…


(――そんなバカみたいな事)

ふと浮かんだ名前へとまるで言いわけするかのように、私は一人リラックスティーを飲み干したのだった。


(恋の魔法だなんて)

(そんなもの、あるはずがない)

END





私のなかのマルクくんはもはやスーパー超人レベル。さすがに空を飛んだりはしませんが、なんでも爽やか笑顔で乗り切っちゃうイメージが定着しています。


2012.2.4 加筆・修正

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あきゅろす。
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