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牧物
港風の真実(ヴァルチェ)
悲しくはないけれど、凄く寂しいと思う。そう素直に言えたならどんなに良いだろうか。
もっとも、臆病な私にはそんなこと口が裂けても言えないけれど。

動物たちに向けられる優しい眼差し好き。一生懸命に仕事に向き合う姿が大好き。だからきっと、こんな風に私は貴方を笑顔で見送ることが出来ているのだろう。

自分の“本当”を隠しながら。


「また動物の事について色々と教えてくださいね!」

「覚えていたらな」

「…酷いです、ヴァルツさん」


グスン、なんて鼻を啜る芝居を交えつつ、やや大袈裟に肩を落とす。私の分かりやすい反応にすぐ目の前のアメジストが少しだけ柔らかくなったのを見つけて、内心でほっと息が漏れた。

――よかった、どうやら今日も“いつも通り”に出来てるみたい。


最近の私は――自分で言うのも何だが――はっきり言って少し変だ。
前までは、こんな風にヴァルツさんの見送りをする度に胸を締め付けられるような思いをする事なんてなかったのに。近頃は毎週、遠退く船を見ると必ず、どうしようもないほど寂しくなって切なくなって泣きたい気持ちになる。
だけど、私はそんなことを微塵も感じさせない笑顔でいつも彼の背に手を振るのだ。否、寂しいからこそ私は笑うのかもしれない。


「またね、ヴァルツさん」

「……あぁ」


振り向かない背中。手を伸ばせば届きそうな距離なのに、そのぬくもりは遥か遠い。一歩、また一歩と歩み行く彼の姿から目が離せない。


(行かないで)

なんてそんなこと、言えるわけない。私にヴァルツさんを引き留める権利なんてないのだから。

(行かないで)

ぼんやりと霞む視界。寂しいなんてそんな我が儘、許されるはずもない。

(笑わなきゃ)

誰をも心配させないように、誰にも気付かれないように、誰をも困らせないように。笑わなきゃ、いけないのに。


「っ、ヴァルツさ…!」

「チェルシー!!」


ツカツカと靴の鳴る音と私の名を呼ぶ声。絞り出したはずの私の“本当”の声が被さって消えてなくなる。驚く間もなく、再び縮んだ距離。少し乱暴な腕に勢いよく引き寄せられてバランスを崩して、そして抱き止められた。耳元からは彼の息遣い。背に回された掌が何だか熱い。


「どうして…?」

「お前に言い忘れたことがあった」


ぎゅうっと力強く腕の中に閉じ込められる。力加減のない抱擁。だけど、不思議と苦しみはない。痛みの代わりに私の胸を襲うのは激しい動悸。焦がれていたあたたかさに触れて、クラリと大きな目眩がする。



「俺に出すシチューに人参は入れるな」

「……え?」

「昨日の差し入れ。…避けるのに苦労した」

「わざわざ、それを言うためだけに?」

「俺にとっては重要なことだ」



堂々した声色で言い張るけれど、内容は決して威張れるものではない。まるで小さな子供のよう、大人げのない好き嫌い。胸の奥底から沸き上がるのは呆れの感情。それでも覗きこんだ瞳の真剣な色とほんのり赤く染まった頬が物語るのはヴァルツさんの“本当”。なるほどそういうことか、なんて納得した途端に肩の力がストンと落ちる。
鳴呼、何て不器用で回りくどい表現方法。だけどそれさえも可愛くて愛しくて、自然と笑みが零れ落ちる。



「それじゃ、次は人参抜きで作りますね」

「あぁ。……その、なんだ。人参が入っていないものなら次に島に来るときに、また食べてやらんこともない」

「それは、口実?」

「……わかっているなら聞くな」


真っ赤になった顔を誤魔化すように、ヴァルツさんが私の頭をワシャワシャと撫でる。すっかり赤いバンダナが髪を滑り落ちる頃には、二人ともハニカミ笑顔。涙も寂しさも、もうどこにも見当たらない。


名残惜しそうにそっと離れてゆくぬくもり。

(だけど、もう大丈夫)

今度こそ、隠すことなく、“本当”の私のままに、船に乗り込むヴァルツさんを笑顔で送り出す。
小さくなる船幕。遠退く汽笛の音。髪を撫でる潮風は優しく、どこまでも広がる碧は私へといつもと少しだけ違う世界を映し出した。


港風の真実

(寂しさも愛しさも全て含めて)

(重なる想いが二人の“本当”)

END




牧物のリハビリがてら、久々にヴァルチェ文あげてみました!
いやしかし、私の書くヴァルツさんはどこまでも子供っぽい…。彼の不器用感が出せてればいいのですが、やっぱりツンデレは難しいです。

2012.2.5 加筆・修正

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