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牧物
*シンプルライフ(ヴァルチェ)

「ヴァルツさんは、奇跡を信じますか?」


まるで胡散臭いオカルト番組のキャッチコピーのような台詞がピタリ、帽子の手入れをしていた俺の手を止める。顔を挙げ、ベッドに腰掛けている自身のすぐ隣へと投げ掛けるのは怪訝な視線。けれど、そこから返ってきたのはヘラリと和らげられた掴み所ない笑みで。


「……それは。一体どういう意味なんだ、チェルシー」

「やだなぁ、そのままですよ。言葉通りの意味」

「それを聞いて、どうするつもりなんだ?」

「うーん、特に何も?ただの暇つぶしですから」


愛犬の頭を撫でていた手を止めて、不思議そうに小首を傾げた。からかいも、たくらみも、何一つ見合たらないその様子を見る限りどうやら発した言葉には本当に何の意図もなかったらしい。まさに言葉通り、持て余した暇を潰すための問い掛け。理由らしからぬ理由に呆れやら、安堵やらが複雑に入り交じった感情を深くため息と共に吐き出してやる。


「くだらん」

「そうですね、暇つぶしなんて大抵がくだらないものですから」

「……今日はやけに食ってかかるな」

「気のせいですよ」


聞き慣れた声色が小さく音を立てて笑う。その至極楽しそうな様子に、あぁまた俺は乗せられたんだと心の奥、見知らぬ何ものかが囁いた。

いつだってそうだ。
チェルシーの言動は常に俺の予想を越えて突拍子がない。顔を見るたびに、否、顔を見なかった日でさえひどく驚かされることもあるほどだ。なんせチェルシーは無人島を繁栄させた牧場主、噂なんて山ほどある。
たった一人の少女の言葉や行動一つ、それだけで大の男が面白いほどに振り回される。理性の大方はそんな自らを情けなくも感じながらもしかし、最近の俺はそんな状況さえもどこか心の中で楽しんでいるのも確かで。

(俺も、随分と変わったものだな)


「あいにく、俺は奇跡なんて不確かなモノは信じない主義だ」

「そうなんですか」

「……人に意見を聞いておいてその反応はどうかと思うが?」


たとえ暇つぶしにしても理由を聞くなり自分の意見を述べるなり、もう少し何かしらあるだろうに。真面目に答えた俺が一人馬鹿みたいじゃないか。非難の意味を込めてチェルシーに向かい低く低く唸る。
しかし、当の本人はそんなことなど何所(どこ)吹く風。それどころか、更に楽しそうにニコニコと満面の笑みを浮かべてみせるのだ。

やはり、というよりもむしろ必然的に、その笑みの意味を計りかねて思わず押し黙る。結局は何がしたいのだろうか。脳裏を過ったそんな素朴な疑問。そしてそれさえもまるですべて見透かしているかのよう、絶妙なタイミングでチェルシーが今度は困惑したかのように小さく肩をすくめてみせる。


「眉間に皺がよってますよ?」

「誰の所為だと思ってるんだ、誰の」

「ヴァルツさんは難しく考えすぎなんですよ。ほら、もっとシンプルに、ね?」

「シンプルに…?」


暇つぶしに質問されて、それに答えて、軽く流された。それが全て。ありのままだ。それなのにこれ以上シンプルになんて、どう頑張っても考えられるはずもない

(鳴呼、頭がパンクしそうだ!)

ついには意地もプライドも投げうち、降参だと言わんばかりに背中から柔らかなマットレスへと倒れこむ。ギシリ、スプリングの軋む音。弾む感触に全てを任せた視界の端、くすりと小さな背中だけが優しく笑う。


「私はただ、構ってほしかっただけですよ」


小さな、それこそ蚊の鳴くほどに小さなものだったけれど。振り返らない背中が、確かにそう呟いたのだ。聞き逃す、聞き間違えるはずもない。突拍子のない問い掛けも予想だにしない行動も、全てがいとも簡単にチェルシーの言葉一点に集約されてゆく。なるほど、これは何よりシンプルに違いない。

せっかく念願の理由がわかったんだ。やはりこうして知ったからには、今までの分もきっちりと返そうじゃないか。そんなことを頭の中でぼんやりと考えたのと、伸ばした手がチェルシーを引き寄せて倒れこんできたその身体を抱き留めたのとは、ほぼ同時のことだった。


シンプルライフ

(簡単に、単純に、思いのままに)

(要するに、それこそが君のサイン)


END




椿さま、大変遅くなりましてすいませんでした!
リク頂いたヴァルチェで私なりの甘さを表現してみました。
書きなおしは椿さまからのみ受け付けたいと思います。

本当はもっと違う展開になる予定だったのですが、話を執筆中に脱線いたしました。
ヴァルチェを書くといつも思い通りに話が進まない不思議。ツンデレの呪いか何かかな。

話中では放置状態になってしまいましたが、手入れしていた帽子は適当に避難、愛犬は早々に脱出してますのでご安心?くださいませ。いちゃらぶに巻き込まれるだなんてたまったもんじゃない!

読破有難うございました。


2012.2.5 加筆・修正

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