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牧物
オトコゴコロ、オンナゴコロ(ヴァルチェ)
「ねぇ、チェルシーちゃん。芸能界に興味ってない?」


キラキラと瞳を輝かせた現役のアイドルである私の友人は、それはもう例えようのないほど大きな期待の眼差しを私へと向けて、ほれぼれするほどにっこりと綺麗に頬笑んでみせた



オトコゴコロ、オンナゴコロ




「なんや、チェルシーと一緒に漫才でもするんかリリー?」

「ちがうよー!漫才じゃなくて一緒にアイドルユニットを組むの」


呑気に新鮮なお造りを口いっぱいに頬張る青年――ダニーの言葉をリリーは力一杯否定するように首を横に振る


「アイドルユニット?」

「そう!チェルシーちゃんって結構可愛いし、リッちゃんとユニット組んだら絶対に売れると思うの!」


特に興味のなさそうな生返事を投げ掛けたダニーとは対照的に嬉々と瞳を輝かせて少女は話を紡いでいく


「アイドルって可愛い洋服を着れるだけじゃなくて、たくさんの人に自分を知ってもらえる素敵なお仕事なんだよ」

「へぇー、そうなんか」

「そうなの!だからチェルシーちゃんとリッちゃんがユニットを組めばひなた島も有名になってたくさんの人が遊びにきてくれるようになるんだから」


リリーのアイドル論をおとなしく聞いていた(正しくは聞き流した)ダニーが、ふと、それまで黙りを決行していた口をおもむろに開く


「それで、」

「え?」


今までまるで他人事のようにぼんやりと事を傍観していたのがまずかったのか
突然の投げ掛けられた問いに私の口からからは思わず間の抜けた声が飛び出していた


「“え?”やなくて、チェルシーは興味あるんか、芸能界に」

「いやいや、私はリリーみたいに可愛いわけじゃないし、歌だって上手くないただの牧場主ですから」


そういう話だとは分かっていたものの、改まって聞かれるとなんだか少し気恥ずかしい

とりあえずこの居たたまれない照れを隠すべく、ややちゃかし気味で適当に返事を返す
このまま話が流れてくれればいいという思いを込めての答えだったのだけど、2人から返ってきたのは思いがけず不満の声で


「えー、チェルシーちゃんなら絶対に大丈夫だよ!」

「そやそや、それにチェルシーの可愛さと歌唱力は俺が保証したる!」


(最初からノリノリだったリリーはともかく)さっきまであきれ気味だったダニーまでもがノリノリで話題に加わっている

不思議に思いふと視線を落とせば、2人の手に握られた空のワインボトルと並々と赤いジュースのようなお酒の注がれたお洒落なグラスに全ての状況が明らかとなった



(―――2人とも完全に酔ってる)

(否、その前にいったいいつのまにワインなんて頼んだのだろう)

そんな私の思案など余所に、2人のアイドルユニット計画はますます拍車をかけて進展してゆく


「まずはユニット名を考えなきゃ!」

「おぅ、あとは衣裳もそろえなあかんな!」

「それならリッちゃん、フリフリしたお姫さまみたいな服着てみたいー!」

「フリフリもきっと可愛いチェルシーなら着こなすんやろうなー」


噛み合ってるのか、噛み合っていないのか
つまり、会話の内容は酔ってる当人たちはあまり気にしていないらしい(それでも会話が途絶えない辺りはさすがだけど)

自然と呆れのため息が零れ落ちる
とにかく今は酔いの回っている友人たちに何を言っても無駄
そう悟った私はおとなしく曖昧に返事を返すことでほとんど会話を聞き流すことに撤する事にした

そう、したのだが…



「やっぱり芸能人は恋愛禁止なんか?」

「もー、ダニーってば考えが古いー」

「なんや、そんなことないんか?」

「アイドルだって自由に恋愛してもいいんだよぉ」



見事なまでに脱線したアイドルユニット計画
これはもはや修復不可能な域だ

明日も牧場仕事で朝も早いし、酔いどれ2人には悪いけどこのままここに残して先に帰ってしまおうか

1時間も話に付き合わされていい加減に疲れてきていた私がそんな事を思い始めていた、そのときだった


ガタンッ!!


大きく音をたてて揺れた丸いテーブル
驚いてテーブルに置かれた手を指先から徐々に上の方へと辿ってゆけば、そこにはいつも以上に不機嫌な顔した見覚えのある青年の姿があった


「ヴァルツ、さん…?」

「……」


テーブルへと両手をついたままの態勢でジッと真向いに座る今や酔っ払いと成り果てた人たちへと視線を注ぐヴァルツさん
少なくとも、その目は笑っていなかった

しかし……


「なんやヴァルツ、自分も話に加わりたいんか?」

「何なに、貴方も芸能界に興味あるの?」


厳しい視線もなんのその
いっそ恐いくらいの形相で睨み付けられているというのに、その事に気付いてないのか、気にしていないのか(おそらく後者だろう)
在ろうことか、ダニーとリリーは和やか且つナチュラルにヴァルツさんにワインを勧め始めたのだ(酔っ払いは強かった…!)


何とも的外れな問い掛けと行動を目の当たりにして、もはやこの2人に何を言っても無駄だと言うことを、どうやらヴァルツさんも悟ったらしい

小さなため息を吐いてテーブルから手を退けた後、そのままくるりときびすを返して入り口へと歩き始めた

―――何故か私の右腕をしっかりと掴んで



「ちょっ、ヴァルツさん?!」

「あっ、チェルシーちゃん!」

「おい、ちょい待ちや!」


後ろで聞こえる制止の声などおかまいなしに歩み続ける
そんなヴァルツさんに半ば引きずられるような形で私は食堂を後にしたのだった







先程の室内の暖かさとは違い、今度はひんやりとした夜風が頬を撫でる

私の数歩前を歩く、その人が掴んだままの私の手はいっこうに解放される気配はない


「ねぇ、ヴァルツさん?」

「……」

「ヴァルツさんってば」

「…………」

「怒ってますか?」

「……怒ってなどいない」



(うそ、)

掴まれた腕が痛くて悲鳴をあげているのだ、怒っていないという答えでは納得なんてできるはずもない

黙りという一向に変わらない状況に、そろそろ何か反論でもしようかと口を開きかけたとき、ふいに2つの影は静かに立ち止まった


「あの…」

「興味、あるのか?」


言葉の意味がわからずに首を傾げた
そんな私を振り返ったヴァルツさんが苛立たしげな瞳で見つめている


「芸能界」

「芸能界、ですか?」


まさかこの場でまたその話を掘り返されるなんて本当に予想外だった
驚いて出すべき言葉を飲み込んでしまったので、更に苛々とした感情を含んだ声色で彼はまた私へと問い掛ける


「あるのか、ないのか?!」

「え、や、ないですけど…」

「……そうか」


今度は先程とは打って変わって安堵したような優しい声色

(―――何故?)

なぜ、いつも冷静なヴァルツさんが今日はこんなにも感情を露にしているのだろうか?
その意図が、意味が私にはまだ理解できないでいた


「どうして、ですか?」


気が付けば思いのままに私の口は動いていて


「どうしてそんなこと聞くんですか…?」



しばらくの沈黙
それを破ったのは、何ともシンプルな言葉一つだった


「……お前には関係ない」


ふいてしまった為、帽子の影の下でどんな顔をしていたのかはわからない
けれど、その言葉は私を深い暗闇へと突き落とすには十分な威力だった


(……関係ない?)

(私には関係ないだなんて、そんなこと)


いきなり食事の席に割り込んできたかと思えば、半ば強引に私を食堂から引きずりだしてきたのはいったいどこの誰なのだ

更には訳もわからない苛々を私へとぶつけたという重ね重ねの迷惑は全て棚に上げて、この仕打ちはあんまりではないだろうか


(こんなにも私の心を掻き乱したのに、関係ないだなんて)



「ヴァルツさんのバカッ!」

「バッ…?!」


私の腕を未だ掴んだままの腕を精一杯掴み返す
ふとあげられた瞳には驚きの色が浮かんでいて


「それならどうして私を連れ出したりしたんですか!」

「それは…」

「私はもっとヴァルツさんのコトが知りたいのに、関係ないだなんて…」


突然沸き上がった癇癪のような感情と共にジワジワと目頭が熱くなる
わかってる、こんなの傍からみればただの我儘に違いない

だけど私は知りたい
ヴァルツさんが何を考え、何を思い、そして誰を愛するのか――

貴方の全てが知りたい
どんな些細な事だっていい
ただ、貴方を知りたい


紛れもなくこれは恋心なのだと皮肉なことに言葉にした今、私は初めて気が付いた


「チェルシー…」


微かに揺れた瞳
それはヴァルツさんの明らかな困惑を示している

(だめ、)

こんな想い、きっとヴァルツさんを困らせるだけに決まっている


「…あの、ごめんなさい」


まるで今のは全て言葉の綾だったと言わんばかりに“今のは忘れて”と
そう告げようと思っていたのに


「すまなかった、」


すっかり夜風にさらされて冷えきった身体をあたたかい温もりがスッポリ包む

それがいったい何を示すのか、理解するのに不覚にも私は数秒を要した


「ヴァルツさ…」

「アイドルになんてなるな」


2本の腕が更に強く優しく私を抱き締める
空中を彷徨ったままだった腕をそっとヴァルツさんの背中にあててみると、私の心臓が熱をおびたように急に熱くなった


「お前を知っているのは俺だけでいい」


どこか余裕のないそれは
初めて聞いた男の人の声みたいで
私はその要求とも懇願ともとれる言葉に、そっと回した腕に力を込めて答えてみせた

FIN


[ちょっとしたおまけ]

――そのころの食堂

「なぁに、あの態度!それにいきなりチェルシーちゃんを連れていっちゃうなんてリッちゃん信じられない!!」

「なんや、リリーは男心をわかってないなぁ」

「オトコゴコロ?」

「そや!男っちゅーもんは、好きな女をいつだって独占したくて仕方ない生きものなんやで?」

「それって嫉妬ってこと?」

「まぁ、平たく言えばそういうことや」

「……リッちゃん、何だかヴァルツさんが可愛く見えてきたかも」

「……やな」

END


[あとがき]
ゲーム本編のリッちゃんの言葉から想像(妄想)した産物です。
チェルシーがみんなから愛されてる、そんなお話が書きたかったんですよ…。

ヴァルツが意外に子供っぽい独占欲とか持ってたら可愛いと思う…!
そして、ダニーが誰を好きなのかは貴方さまのご想像にお任せします、チェルシーでもいいし違うくても問題なしです。
だけど(恋愛か友情かは様々ですが)基本的にみんなチェルシーが好きなんです、そこだけは譲れません!

しかしなんでまた私の書いたヴァルツは人の話を聞かない子になってしまったんだ;ゲーム本編ではそんなことないはずなんですけどね。

何とも言えない文章、御粗末さまでした…!

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