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神奈川に行け
帰宅後、なぜか財前くんが訪ねてきたので家に上げた。
ところが今はそれを飛び跳ねて喜べる状態ではなかった。

「もう私はこの部屋でトンネルを作るしかないんだ。壁から壁へ体ごと突き破っていって元の世界に帰るしかないんだ」

自暴自棄寄りのやけくそで、人差し指を壁に叩きつける。

「指どこ向けとんねん。俺んち突き破る気か」

あと一回でも繰り返せば蹴られそうだ。
指も痛くなりつつあり、やむなく攻撃を終わらせた。
財前くんが寝そべっている横に座った私は、鞄に顔をうずめて黙り込む。
長すぎるソファー。
軽く三メートルはある。

「えらい病みようやな」
「謙也はいいとして、一氏くんは打ち解けるどころの問題じゃなさげ」

小春ちゃんと話せる機会になんとか恵まれたい。
そう願って早数日。
嫌われる原因が分からず遠巻きに二人を見つめてきた。
部員と仲の悪いマネージャーなど御免だから、あわよくば一氏くんとも喋れたらな、と考えながら。

「キモい人と打ち解けたかて何も得せえへんやろ。それよかこの感じ、ほんまに一人暮らし?」

さりげなく毒づき重苦しい空気に変化をもたらす彼が、私の家に興味を抱いた。
電気は赤黒、室内は異様な不気味さに包まれているのだ。
エロチックな不気味さであればおいしいが。

「一人きりのメリークリスマス気分を味わってほしかった前の家主がいたずら心で残した些細な贈り物だよね!?」
「落ち着き。前の家主なんか大昔に引っ越しとる」

それなら何者かに睨まれる感覚の説明がつかない。
明け方は暖かかったはずの部屋を冷やし、震え上がらせる恐怖。
誰も招待できないなんて勘弁してよ。

「宿題片付けな」
「待たれい!」

すたすた歩いて去ろうとする足を掴み、両手で食い止める。
が、振り払われ離してしまった。

「希紀」

一時間経ち、ドアが開く音が聞こえ、一目散に玄関まで走った。

「おかえ」
「監督が明後日神奈川に行け言う電話かけてきたで」

それを聞いた瞬間、私は固まった。

「気持ちは全国大会っちゅーこっちゃ。俺も付き添いで行かされるて親に言うたら土産もんの××サブレ買ってこいうるさいねん」
「えー、つまり立海大附属中テニス部を偵察しろと?」

ピアスがきらりと光り、立てた人差し指を唇に当てる。

「五時起きな」

大変です皆さん。
桧之希紀、人生初のデート。
早朝すぎます財前くん。





To be continued.
20081207

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