はんしんふずい。 2 透馬に会ったら、自分はどうするんだろう。 泣いてしまうだろうか。立ち尽くしてしまうだろうか。駆け寄って抱きしめるだろうか。なんて、声をかけようか。 色々考えていたけれど、杞憂でしかなかったなと春は思った。数年ぶりに見た恋人の姿は昔と変わらず、けれどやはり年月を感じさせるものがあって。 春はぶわっと溢れ出す激情に逆らえなかった。 「は、る」 固まったまま自分の名前を呟く透馬が、嘘みたいで怖いのに無性に腹が立つ。なんだよ、そのマヌケな顔は。 「こんのっ…大馬鹿野郎ー!!」 「いっ!?」 持っていた紙袋を渾身の力で投げつける。突然のことに案の定、透馬はよけられずもろにそれを食らう。地面に落ちた紙袋からはCDケースが飛び出すがそんなの気にならない。気にしていられない。俺が今までどんな気持ちでいたか、透馬は知らない。知らないんだから。 怒りにまかせズカズカ大股で歩く。睨み付ける視線はそのままに透馬の傍まで行き、躊躇いもせず思いっきり胸を拳で叩く。 「お前、いきなり姿消すってなに考えてんだよ!?置いてかれた俺の気持ち位考えろ!!」 お構いなしに怒鳴り散らす春を透馬は苦しそうに顔を歪めて見下ろす。唇を震わせているのがわかったけれど、春自身止められなかった。どん、拳が胸元を殴る鈍い音が響く。 「しかもあんなDVD一枚渡しやがって…っ、俺が、どれだけ…っ!!馬鹿!馬鹿透馬!」 「っ!!……うん、ごめん」 「ごめんで済むか!許さないっ…許さないっ…!!」 段々胸を叩く拳は弱くなり、ただ縋りつくように透馬の服を握りしめる。顔を埋めて震えだした春を透馬は抱きしめ、ゆっくり力を込めていく。ここに、春がいるんだと確かめるように。強く、抱きしめる。 背中に回った腕の感触に春はよりいっそう服を握り締めた。どこにも行かせはしない。離してなんかやるもんかとシャツが伸びるのも構わずに揺すった。 「絶対っ…死ぬ、なんて…っ俺を置いて死ぬなんて許さねえからっ!!」 涙の滲んだ声で春が叫ぶ。透馬は肩口に顔を押し付け泣いた。 「春っ…ごめ、はる…っ!!」 自分の肩口でむせび泣く透馬の声と温もりが嬉しくて、どうしようもなく悲しくて同じように涙を零す。抱き締める大きな身体が弱々しく震えるから、余計涙が止まらない。どんな思いをしたんだろう。透馬は死に直面して、どれだけの間怯え苦しんだのだろう。 怖いと、辛いと言える人はいたのだろうか。もしや一人ですべてを抱え、耐えていたのだろうか。 せめて、これ以上透馬が苦しまなければいい。春は心底思った。一人で辛い思いをしたり、痛みを我慢したりしないで済めばいい。自分が透馬の重荷を少しでも軽く出来たら、それは幸せなことだ。 ぼろぼろ、涙で汚れた顔を上げて春は両手を伸ばす。愛しいひとの顔を手の平で包む。ぎこちなく顔を上げた透馬は見たこともない位、ぐちゃぐちゃな顔で。 春は笑った。情けなくて、全然格好いいものじゃないけれど嬉しい。透馬が生きていると実感出来るから。 笑って、額を合わせる。まだ止まりそうもない互いの涙でびしょ濡れにして掠れた笑い声を吐き出す。 「…っ生きて、んだよな…?…透馬、死ななかったんだろ…?」 「っ、…ああ、生きてる。生きて、るよ…っ」 「じゃあいい…いいよ。許す。ぜんぶ、許してやる」 「あ、りがとう、春…っごめんな…」 泣きながら笑いあう。そして、どちらからともなく口付けた。消えてしまわぬように、そっと重ねる。震えていたのはどちらだったのだろうか、わからない位春も透馬も涙に溢れていた。 優しく唇が離れ、潤んで赤くなってしまった瞳と目があう。春も同じように見つめ返す。 そして透馬はずっと言いたかった言葉を口にした。カメラに向けてではなく、本人に言いたかった言葉を。 「愛してる」 「!」 「好きじゃ足んねー位、愛してる。…春を、愛してるんだからな」 涙に濡れた瞳を優しく細めて、透馬は言い聞かせるように囁き微笑む。甘くてとろけそうな言葉と眼差しに一粒、春は涙を零す。 そして首に回した腕で透馬を引き寄せると春は伸び上がって透馬の唇に囁いた。 「馬鹿透馬。俺も、めちゃくちゃ愛してるっつーの」 一緒に、生きていこう。 けして楽な道のりではないけれど、二人一緒ならなんとかなるよ。 いくら喧嘩したって、いくら失敗したって大丈夫。 お互いが愛を忘れなければ。 泣いて笑って怒って生きよう。 お腹が膨れて飽きてしまうまで、一緒に沢山の思い出を作ろう。 そして最後。 もう食べられなくなったら、仲良く眠ってしまえばいい。 二人、眠りに落ちる時も一人だけ目覚めて寂しい時も多分。 傍に君がいれば大丈夫。 大丈夫だって、笑えるから。 春夏秋冬。 (君がいる世界は輝いている!) [*前へ][次へ#] |