ボンボンちょこれぇと 安全運転第一で! 四時限目の数学は空腹と昼休み目前の落ち着きのなさで生徒の頭に入ってこない。 類に漏れず、俺もその生徒のひとりで数学教師の数式を聞き流しながら購買で何を買おうか、それしかない頭にない。まあ正直言うと先生の説明は理解出来るんだけどさあ。 平凡で目立たない生徒である俺の唯一非凡と言えなくもない所、それは成績だったりする。学年別の成績は一位。学校全体では三位。 だからはっきり言ってつまらない。 お腹は空いているし、授業はつまらないしでペンをくるくる弄んでいる。 が、そんなつまらない授業も突然響き渡ったバイクのエンジン音で一変した。校庭から響く複数のエンジン音に皆一様に窓を見る。 俺も外を見て固まった。 「っ…っ…!!?」 校庭にはまさしく不良さんたちがバイクに跨りエンジンをふかしている。どっからどう見ても恐怖を掻き立てる光景の真ん中、そこには誰もが知っている校内一有名な不良がいた。 その校内一有名な不良はヘルメットを取ると、校舎を見上げ叫ぶ。 「星ー!いるんだろー?」 途端に騒がしくなる教室で俺は冷や汗をだらだら流して震えていた。 「星ー?おーい、星ー」 「っ…う…うそ…」 どうしようどうしようどうしよう!!! なんであんなバイク集団に篠先輩がいるんだよおおぉ!しかも俺の名前呼んでるしー!! 教室から注がれる視線と外から聞こえる騒音と篠先輩の声に容量オーバーな俺は固まったままの数学教師を見る。 「せ、先生!あの、俺、具合悪いんで早退しますっ!!」 「えっ、あ、そ、そうか。わかった」 言うが早いか、すぐさま荷物をまとめて教室から走って逃げた。そのまま校庭を目指しこれでもかと急いで走る。 あのバイク集団に近付くなんて死ぬほど嫌だがこれ以上名前を連呼される方がもっと嫌だ。恐怖で震えそうになる身体を叱咤するように奥歯を噛み締めた。 「な、なにあれぇ…まじか……」 校庭に着いた俺は身近に見た不良さんの威力に最早血の気がない。 黒々としたバイクに改造されただろうフォルムやエンジン音。それに跨っているのは髪を染め制服を着崩した学生たち。 どお見ても高校生には見えません!!怖いよ怖い!なんな訳!?みんなもうちょっと子供らしくしようよっねえ! 俺がじりじり近付いていくと篠先輩が気付いたらしくバイクに跨ったまま笑顔で手招く。 ああ、神様。 なんで俺はあんなに優しい笑顔で地獄に手招かれているんでしょうか……うぅ。 鞄を両腕でぎゅうぎゅう抱き締めて篠先輩の所まで行く。傍に来た俺に嬉しそうに笑う篠先輩はとても格好いいですよ。場違いな位格好いいですはい。 「悪いな、いきなり呼び出して」 「い、いえ!…あの、俺になにか…?」 「ああ。これからみんなで遠出すんだけど、」 「はあ」 「近場に上手いメシ屋があってな。どうせならそこに食いに行くことになったんだよ」 「ちょうどお昼時ですもんね」 「そうそう。だから星も一緒にどうかと思ってさ。行かねぇか?」 「はあ……って、ええぇ!?」 なんとか話を聞いていた俺はまさかのお食事ご招待!にフリーズ。 確かにお腹減ってるけど!もちろんご飯食べたいけど! 篠先輩だけでもまだ慣れない俺には今も周りで俺と篠先輩とのやり取りを見ているお仲間さんたちが気になってしょうがない。 こんな状況でご飯が喉を通る訳ないって……ははっ。 乾いた笑いを浮かべ、断ろうと顔を上げればかち合う視線。 篠先輩は照れくさいって顔に不安を混ぜたような表情で俺を見ていた。 どくんっ、心臓が跳ねて口を噤む。 どうしよう…!! 今断ったら、確実に落胆するだろう篠先輩が見えた!!不良なのになんで捨てられそうな犬の目でこっち見んのおおおぉぉ!!! 「まぁ…学校サボることになるからな。無理には言わねえよ」 頭を掻きながら笑う篠先輩は、吐息をついてぼそりと呟く。 「…俺としては星に来て欲しいけどよ」 「っ!」 恥ずかしいのか少し頬が赤い。 表情と言葉の威力に俺まで顔が赤くなる。誤魔化しきれないくらい、熱い。 鞄をさらに強く抱き締めるが、胸の中を暴れる鼓動は収まりそうもなくて。 まだ、怖いのに変わりはないけど…篠先輩のことも、全然よくわからないけど……でも。 「俺…バイク乗ったことないんです」 「?ああ」 「だから、その……安全運転してくれるなら、一緒に、行きます…」 「っ…」 高校生にもなってこんな事言うなんて恥ずかしくて俯いてしまう。返答がないから、篠先輩が呆れたのかもしれないと思うと何だが悲しくてじんわり涙が滲む。 そっと顔を上げで見つめた途端、ぐいっと腕を引っ張られ気付けば篠先輩の胸に顔を押し付けられていた。 「しっ篠先輩……!!?」 「…可愛いな、星」 「えっ!?」 「どうせなら二人きりで行くべきだったか…?ちっ、ツイてねぇ」 篠先輩が頭上でぶつぶつ言ってるけどよく聞こえない。とにかく周りの目が気になるよ俺は! 「あ、あの…篠先輩、離して頂けたらとても助かるんですが…お友達さんも見てますし…」 「ん?ああ、わりぃ」 「い、いえ」 離してもらったはいいが周りで俺たちを見ていた不良さんたちはにやにや笑って口笛を吹いたり、クラクション?を鳴らしてはやし立てる。 「やるねぇ、篠さん!」 「リーダーの獣!ここどこだと思ってんすか」 「デレデレしちゃってキモイっすよー」 「チビちゃんも困ってんじゃないすか。可哀想っすよ」 ああああぁあぁぁもう穴があったら入りたいぃぃ。 野次馬になってるだけで視線や言葉から俺に対して友好的なのが救いですけれどもええ。 「あーあーわかったよ。わりぃな、柄にもなくデレデレしちまって!」 ぎゃはは!と篠先輩の言葉に笑い出すみんなは本当に楽しそうで、俺も少しだけ緊張が解ける。すると篠先輩がごそごそとヘルメットを取り出し俺に手渡す。 慌てて受け取り頭に被るが、上手くベルトを止められない。焦る俺に気付いた篠先輩は笑って貸せ、とベルトを止めてくれる。 「ごめんなさい…」 「謝ることねぇよ。可愛いし」 「!…俺、男ですよ……」 「知ってる。ほら、後ろ乗れよ」 ヘルメット越しに頭をぺちぺち優しく叩かれる。どうにかこうにか後ろの座席に乗れば密着する背中から篠先輩の香水が香った。 大人の男って感じの、爽やかな甘い香りに何故だが落ち着かなくてどこに手を持って行けばいいかわからない。 そんな俺を見越してか、篠先輩は両手をいきなり掴む。 「腰に腕回していいからしっかり掴まれよ?じゃねぇとあぶねーから」 「は、はい!」 強制的に腰を掴まされ余計密着した事にあわあわしている内にお友達の不良さんと篠先輩のバイクがエンジン音をより響かせ校庭を走り始めた。 これからどこに行くのか、皆目見当もつかない。不安がないとは言い切れないけど俺は少しだけわくわくしている自分に気付く。 これからのことを思うと、バイクに乗り篠先輩と一緒に学校を後にするまでの一部始終を全校生徒に見られていた訳だから、頭を抱えたくなるけれど、今は篠先輩の背中から伝わる温もりだけを感じていたい、そう思った。 あんまり篠先輩の事知らないけど、優しい人なんだってことは分かってるから。 きっと、楽しい時間になるよね? 不安を追い払うようにぎゅうっとシャツを握る手に、 優しく、篠先輩が笑った気がした。 [*前へ][次へ#] |