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ボンボンちょこれぇと
2
いつもと変わらない朝。
授業を受けるでもなく、学校の空き教室に入り浸り漫然と時間を過ごす。
今日も同じくだらだら時間を潰していたのだが、俺の頭を占めるのは授業でもチームのことでもない。
つい三日前だ。偶々授業をサボろうと屋上に来た時、グラウンドでサッカーをしてる学年がいた。最初は何気なく見ていただけだったけれど、グラウンドの隅に見覚えのある姿を見つけてしまい、俺は弛む口元を誤魔化せなかった。

さっさと電話をして話し込むこと数分。
あれは計算外のことで、あっという間に俺は自分の衝動をコントロール出来なくなった。


「……あれはまずかった、よな」


椅子にもたれ、意味もなく携帯を開いては閉じるを繰り返している。
今にも重たいため息を吐き出してしまいそうになるのを寸での所で食い止める。
最初はからかうついでに、絆されてほしい気持ちがあったのは認めよう。日に日に星が可愛くなっていくのは自分の欲目なんだろう自覚はあるが、それでも我慢の限界というものもある。

先ず、怯えなくなった。話してくれるようにもなった。そして多少のスキンシップなら戸惑い焦りはしているのだろうが、抵抗や拒否はされなかった。
俺が怖くて何も言えないのか、と考えたりもしたけれど、チームの奴らに会ったり話す時は無意識なのか、俺の側からあまり離れない星の姿に期待しない方がおかしいだろう。俺は悪いことをしたつもりはない。断言できる根拠も自信もあるというのに、気持ちは沈んだまま。


星に避けられている−−。
存外、立ちはだかった現実にショックを受けている自分がいた。またしても携帯を閉じて、気だるい感情を押し流してしまおうと机に置いていた紙パックを最後まで飲み干す。柑橘類の甘酸っぱい味が広がった。そのまま椅子から立ち上がり、ゴミ箱に紙パックを放り投げて教室を後にした。








よく一緒に昼飯を食べる二人を電話で捕え、これから買い出しに行くことになったはいいんだが。
静かな廊下を歩きつつ、俺の右斜め後ろにいる黒髪に茶色メッシュを入れた澤が聞いてくる。


「珍しいですねー、篠さんが買い出しなんて。なんかありました?」


「俺も気になってたんだよなあ。理由でもあるんすか」


興味津々で上乗せてきたのは澤の隣にいるどっからどう見てもヤンキーかチンピラにしかみえないスポーツ刈りの中田だ。
二人の問いかけに俺は眉をしかめてしまい、何もないフリは出来なかった。だからと言って正直にべらべら喋りたくもない。


「あー、気にすんな」


頭をがりがり掻き、何でもないと伝えれば二人はそれ以上突っ込んで来なかった。


「篠さんがそう言うならいいですけどー」


「ヤバくなったら頼るくらいはして下さいよ」


「ああ、わかってる。ありがとな」


口調はあくまで軽いけれど、澤と中田の心配や気持ちは充分伝わってくる。
今回はチームのことではないし、こんな私情丸出しの悩みを二人に言えるような性格もしてない。それでも少し気持ちが楽になったような気がする。
そんな会話をしつつ、廊下の角を曲がろうとした時だ。突然向こうから歩いてきた誰かと思いっ切りぶつかってしまう。俺はそれほどダメージはなかったが相手はそうでもないらしい。顔に手を当てて俯いている。

「悪ぃ、大丈夫か?」


ぶつかった反動で相手が持っていたノートや教科書が床にばさばさ散らばる。


「…っはい、こっちこそすみませ……!?」


「!…星じゃねぇか」


こちらを見上げた顔に俺は息を呑む。ぶつかったのは紛れもなくつい先ほどまで頭を悩ませていた本人。俺の言葉に後ろにいた澤と中田も星に話しかける。


「おー、ほんとだ」


「そういやあ相原、ここ三日位見なかったけどなんかあったの?」

澤の問いに星は答えようとしているみたいだけど、軽くパニック状態に陥っているらしいのがはた目からもわかる。しかもじわじわ首から顔にかけて肌が赤く染まっていく。


「あ…っ、う…!」


「…星?」


俺と澤たちを交互に見つめ口をぱくぱくさせて一歩後ずさりした、と思った瞬間にはもう俺から逃げるように走り出していた。

「そ、っ、の……っご、ごめんなさいいいいぃぃぃ!!」


「はっ!?ちょ、…星っ!?」


いきなりの謝罪と逃走にぽかんとしてしまう。とっさに追いかけることも出来なかった。固まったままの俺を置いて、澤たちは星が落としていった教科書たちを拾い上げる。


「なにあれ。星の奴、教科書そのままとか困るんじゃないのー?」


「だよなぁ…俺もよくわかんね。篠さんは心当たりあります?」


「………」


中田の問いには答えられない。
なんたって俺には心当たりがありまくるから。けれどそれだけじゃない。
なんだあれ。まじか。いや、避けられているとは重々承知していたが、それはおそらく、俺が星をそういう対象として見ていることをあのキスでより生々しく感じたからだろう、と高を括っていた。
急に現実味を帯びてしまい、避けられたりしているんだとばっかり考えていたけれど。


「……期待すんぞおい」


さっき見た星はまだ脳裏に残っている。
顔と言わず耳や首まで真っ赤に染めて、少し潤んだ瞳で俺を見ていた。もしかしたら泣きそうだったのかもしれない。
あんな、意識してますって顔されたら嬉しくなるに決まってんだろうが。星の奴、覚えてろよ。


「…あれ?篠さん顔赤いですよ」


「っ、見んな。昼飯、買いに行くぞ」


「え…ああ、はい」


澤たちは互いに首を傾げつつも、黙って後ろをついて来る。澤は拾った教科書諸々をどうするかー、なんて呑気に中田と話始める。何とはなしに二人の会話を聞き流しながら、どくどく煩い心臓を少しでも落ち着けるために、俺は昼飯を求めてひたすら歩き続けた。



ポケットに入っている携帯は、もう意味もなく開閉しなくて済みそうだ。


かけたい番号は一つ。



ずっとずっと、君だけだから。









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あきゅろす。
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