ふっと重い瞼を開けると、大粒の涙が私の頬を濡らしていた。見覚えのある天井や、辺りに漂う薬品の香りに『自分は戻って来てしまったのだ』と嫌でも直ぐに理解した。
どうして私を先に帰したりしたんですか?一緒に戻ろうと約束したのに…。嘘吐き。嘘吐き。
(骸さんの…嘘吐き)
涙は更に溢れ出す。私は両手で顔を覆い、声を殺して泣きじゃくった。
その刹那、シューとドアの開く音が響いて誰かが入って来る。泣いている所を見られたくなくて必死に堪えようとするのに、一度溢れ出した涙は止める事が出来なかった。
「………」
相手も私が泣いている事に気付いたのだろう。少し部屋に入る事を躊躇っているようだった。けれど、意を決したように足を踏み入れ、そして…。
「オレ…アンタのそんな顔見てばっかだな」
困ったような、それでいてとても悲しそうな声が頭上から降り注いだ。
声の主は…袴姿の山本さん。彼は修行の途中なのに私を心配して様子を見に来てくれたらしい。
「――“骸”に……何か、あったんだろ?」
私を気遣うような優しい声色。その声に促されるように私は小さく頷く。
信じて貰えるかは分からないけど、私はこの目で見た事・聞いた事の全てを山本さんに話して聴かせた。山本さんは馬鹿にする所か黙って話を聞いてくれて…そのお陰なのかな。全てを話し終える頃には、いつの間にか涙は乾いていたんだ。
◇ ◇ ◇
「そっか…。それならクロームの容体が悪化したのも納得できるな」
「は、い」
私は握った拳をぎゅっと握り締める。あの後、骸さんはどうなったのだろう。無事だと信じたいのに最後に聞こえた“不快な音”が頭の中から離れないのだ。最悪な結果ばかりが脳裏を過ぎる。
「大丈夫ッスよ」
そんな私の耳に届いた明るい声。ハッと顔を上げると、備え付けの椅子に座った山本さんがニカッと笑顔を向けていた。
「まだ骸が殺られたって決まった訳じゃない」
「え」
「だってアンタは“骸が倒された所を直接見た”訳じゃないんだろ?」
「そ、れは…」
一瞬言葉に詰まる。確かに山本さんの言う通りだ。私はあの時、耳で聞いただけで直接自分の目で確かめた訳ではなかった。それに気付いて小さく頷くと、山本さんは何故か得意げな顔をする。
「だったら信じようぜ。骸は無事だってさ♪」
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