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笛を吹いて出会ったのは
9


彼女が部屋に戻った後はただゆっくりと時間が過ぎた。洗い物は彼女がしてしまったし、特別な用事もない。部屋の片付けも済んでいるし、何もすることがない。
しばらくぼうっとしていると、隣の部屋の扉が開いて、鍵を締める音がした。部活に行ったのだろう。
そういえば、何部だっけ? 聞きそびれたなあ。
今度聞いてみよう。
…今度か。またメールする、って言ってくれた。だから次、また会えるんだ。
変なの。お隣なんだから、私からでも気軽に誘えるはずなのに。
はあ、と溜め息を吐くと、机に置いていた携帯がメールの受信を知らせた。
京?なんて一瞬期待した自分が居て、でもディスプレイに浮かんだ名前は付き合いの長い友人のものだった。
さっき出て行ったのにくるわけないでしょ馬鹿、とひとりごちながら携帯を手に取り、メールを見る。
……うわあ。
昼ご飯の用意しといて、って、何様よ、友人。

しばらくするとチャイムが鳴って、友人の声が聞こえた。ちょうどお昼ご飯の用意が出来たときだったから、ちょっと怖い。

「笹川さーん、集金でーす」
「なんの集金ですかー?」

なんて冗談に乗りながら、鍵とチェーンを外して扉を開けた。

「よっ」

嫌みのない眩しい笑顔の女性が、片手をあげて挨拶をしてきた。男の子のように短くした茶色い髪、なのに彼女は可愛い。

「相変わらずなんか子供っぽいね」
「童顔じゃないんだけどなあ」

そう、私は童顔でもないのだ。
私と身長が大して変わらない彼女は、右手を私の頭に伸ばしてくしゃっと撫でる。

「もう、同い年なのに子供扱いして」
「だってなあ、なんかからかいたくなるんだよ、優美は」

快活に笑う彼女にどんどん背中を押され、私は玄関からリビングへ。
さっそく人の新しい家でくつろぐ彼女を見て、私はくすりと笑った。
この友人は、岡崎貴美という。私やだいたいの友人はタカと呼んでいる。とにかく、この人は元気がある人だ。

「で、お昼ご飯はなに?」
「お味噌汁」

朝の残りだけどね。
嬉しそうに聞いてきた彼女にそう伝えると、とても微妙そうな顔をした。

「え? お隣が素敵な人? 見てきていい?」

ばっと彼女は立ち上がった。
お味噌汁だけでは本当に微妙なので、何品かおかずをつけてお昼ご飯にした。食べながら話をしていて、ついさっき、お隣が素敵なんだと話をしたのだ。その反応がこれ。

「いま居ないよ、部活行ってるから」
「…学生さん?」
「ううん、先生」

いかがわしげな視線を向けられたので、でも冷静に言葉を返した。慌ててもからかわれるだけだもん。子供がロリコンか、とか。
そっと彼女は元の位置に座る。

「ああ、そうなんだ。それは確かに、なんだか素敵だね」

ご飯を一口、口に放り込むと、彼女は手を合わせてごちそうさんと言った。そしてお茶をぐびぐびと飲む。

「そうだ、この前ひったくりにあったんだけどね」
「マジか」
「うん。まあ、無事に鞄は返ってきたよ。それでね、ひったくりから鞄取り返してくれたのが、そのお隣さんだったの」

ひゅーっと、タカは上手に口笛を吹いた。
口笛ってなんかいいなあ。私、笛系は全然ダメみたいで、口笛も吹けない。

「かっこいいね、会ってみたいなその人。…なにさんだっけ?」
「平井さん」
「平井さんね。ふーん、さぞかし男前なんでしょうなあ。惚れちゃったりしてない?」

にやつく彼女が放った惚れる、という単語にどきりとしてから、ん? と思わず首を傾げてしまった。ああ、そっか。確かに男前だけど。

「平井さん女の人だよ」
「…わお。ぜひお友達になりたいね」

平井さんについての話を、平井さんと会ったことがないタカとたくさん話した。そのあとやっと、引っ越しお疲れさま、なんて話もした。リコーダー云々の話はもちろん省いたけどね。

「それにしても、平井さんの話をするときの優美は、なんだかとっても嬉しそうだね。すっごく気に入ってるんだ」
「…うん」
「ははっ、てか、暑いねー。アイスとかないの?」
「ああ、置いてないなあ。今から買いに行こっか?」
「おお、行こう行こう」

嬉しそうに笑う彼女に腕を引かれて、私は家を出た。

静かに笑いながら言われた言葉に、私はまたどきりとしていた。




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あきゅろす。
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