笛を吹いて出会ったのは
6
安いコップに安いお酒。
引っ越したばかりだし、出来るだけお金は使いたくなかった。
「すみません、安いお酒で」
「大丈夫ですよー。私、お酒好きですけど価値とか全然わからないんで」
そう言ってから笑った彼女は既に頬が真っ赤で、背後にあるソファーにもたれ掛かっている。
この家は狭いから、なるべく高さがあるものは置かないようにしている。だから椅子付きの机なんてものはここにない。
カーペットを敷いた床に座って、丁度良い高さの机でご飯を食べたり、色々とする。なんとなく、憧れだけで買ってしまったソファーが少しだけ、邪魔だ。
背もたれが付いた地べたに置く椅子、あれが今は欲しい。買わないけど。
「あー…あ、そうだ。私、笹川さんに聞きたい事があったんですよ」
右手に持ったコップでくいっと指されたのを視界に捕らえてから、平井さんの顔を見た。
見れば見る程、可愛いのか綺麗なのかわからなくなる。両方兼ね備えてる、が合ってるんだろうけど。
「聞きたいこと? なんですか?」
「日曜日ー…でしたっけ。なんで笛吹いてたんですか?」
あー、と無意味に声を出して、かーっと顔が熱くなったのはお酒だけのせいではない。もう少し酔ってれば良かった。
「あれはですねー…あはは…」
ぐいっとコップ一杯あったお酒を流し込む。喉も顔も頭もかっと熱くなって、うん、今から酔えばいい。
「てな訳でして…」
アルコールが回りきった所で、短くて恥ずかしい話を終えた。体がぐったりしてしまって、さっき邪魔なんて言ってたソファーの方に移動して、平井さんと同じようにそれに凭れている。
「ふふっ…あれですね、笹川さん面白い人ですねー…私、すっかりそんな話忘れてましたよ」
同じようにぐったりしている平井さんは、ちょびちょびとお酒を飲んでいる。
見た目程酔ってないのかな…?
「うー…でも、あのときの平井さんちょっと怖い人かと思いました。…私が悪いんですけど…」
「私はもっとふざけた人が出て来るかと思ってたんですけどねー…」
こん、とコップを机に置いた平井さんがこっちを向く。
頬は真っ赤だけど、目はまだしっかりしていた。
「まさか、こんなに可愛い人が出てくるなんて思いませんでした」
平井さんの左手がすっと伸びてきて私の頭を撫でた。今の台詞に、何度かされているこの行動に、何故かあちこち沸騰しそうになる。
28℃に設定しているクーラーが仕事を怠っているに違いない。
「あ、いやー…子供っぽいだけですよ」
苦笑いを浮かべながらやんわりと平井さんの手を払うと、その手をきゅっと握られた。
「あの…?」
掴まれた右手を見てから平井さんの顔を見る。至って冷静な顔付きで、彼女は私の瞳を見つめていた。あれ、いつの間にか眼鏡外してる。
「敬語」
「は?」
「敬語、やめて下さい、そろそろ」
唐突だ。本当は酔ってるのだろうか。
「じゃあ、平井さんも敬語やめてね?」
「それはちょっと。敬語が私の基本的な喋り方なので。あと、呼び方。平井さんじゃなくて京でいいです。子は要りません」
平井京子さんがそう早口に言う。
上手い具合に噛まれも詰まりもせず彼女の口から零れ落ちる言葉たちに私は感心しながら、でも、ああこの人完全に酔ってる、と思ったのでした。
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