笛を吹いて出会ったのは
3
「本当にありがとうございますっ!」
Tシャツにジーンズというラフな格好の黒髪眼鏡美人さんに頭を下げるのはこれが2回目。昨日の短パンの方がラフだけど。服とかにあんまり興味がないのかな。昨日は肩甲骨辺りまで伸びている髪を束ねずに下ろしていた。
「いえ、なんというか反射で捕らえてしまったので」
ゆっくりと平井さんが歩き出す。私もその隣りをゆっくり歩く。
幸い交番も近かったし、何事もなくこの件は片付いた。
「反射ですか…。何か、格闘技でも?」
「合気道を小学校に入る少し前から」
日常で初めて役に立ちましたけどね。
平井さんは苦笑いをした。
格闘技にはあんまり興味はないので、合気道と言われても正直ぱっとしなかった。でも、男の人の動きを1人で封じちゃうんだから平井さんは強いんだろうなあ。
うん、格好良い。
じっと横顔を見つめていると、平井さんがこちらを不意に見た。美人さんに見られるというのは妙に気恥ずかしくて、反対側に顔を逸らしてしまう。
散々見てたのに勝手だとは思うけど。
「…えっと…そうだ、平井さん土曜日空いてますか?」
「土曜日ですか? …まあ、空いてますね」
「じゃあ、あの、よければ、うちでご飯とか…。お礼がしたいんです」
昨日はリコーダーの音で迷惑を掛けた。今日は助けてもらった。
それに、仲良くなるチャンスだと思うし。
平井さんは一瞬考えるように青い空を仰いで、次には私を見下ろした。平井さんは背が私より10センチぐらい高い。私が低い訳じゃない。私の身長は160センチ。
「いいですね。…食費も浮きますし」
悪戯に笑う彼女は、それでも綺麗だった。
「あは、そうですね…。あ、平井さん好きなものってなんですか?」
お礼なんだから、やっぱり彼女の好きなものを作りたい。料理上手な母の夕食の手伝いを長い間していたから、大概の物は作れる。
「んー…オムライス、です」
オムライス。
ギャップ萌えってこういうの。
「意外ですか?」
眼鏡をくいっと上げて、平井さんは苦笑い。
さっきからこんな表情が多い。
昨日わざわざ静かにして、と言いにきた人とは別人のような気さえする。気弱というか温厚というか。昨日はもっとツンとしていた。
交番でのさっきのきびきびとした対応を見れば、しっかりした人なんだとはわかった。何かと流されやすい私にはとてもありがたい芯のある人。
まだ出会って1日も経ってない。けど、この人がお隣で良かったと思う。
「意外ですけど、私も好きですし。頑張って美味しいオムライス、作りますね」
笑いかけると、彼女も微笑んでくれた。
「楽しみにしてます。では、学校があるので」
軽く手を振り彼女は曲がり角を曲がった。私も手を振り、彼女の後ろ姿を数秒間見つめた。
去り際に、また頭を撫でられた。完璧子供扱い。
彼女の学校という言葉に違和感を感じたのは、会社に着いた頃だった。
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