笛を吹いて出会ったのは 19 …目を開いて、一番に見えたものに絶句した。白い肌、白いTシャツ、それらで視界が埋め尽くされていたから。 京の背中は私よりも年下だけど頼もしい背中をしている。安心して、身を預けられるような。…人の背中をまじまじと見たことなんてあんまりないけど。 まあ、このぐらいの年になると、1つ2つの年の差なんて有ってないようなものだと思う。 そっと、いつの間にか掛けられていた薄い掛け布団から抜け出して、それを京に被せると、私はリビングに向かった。携帯を確認するために。 思った通り、携帯はそこにあった。 あれ、着信が三件も入ってる。メールも一通。全部赤石さんだ。 留守電にまで。…嫌な予感しかしない。 「おい」 会社の自分の席に着くなり、私は低い声の女性に声を掛けられた。 なんですか、と返事をしながら振り返ると、その人は眉を少し寄せて、鋭い目を私に向けていた。 「大丈夫か」 「なにがですか?」 休日出勤だ。仕事でミスが見つかったらしい。 メールを見て、留守電を聞いたあと、私は京を起こして、事情を話してから家を出た。 いってらっしゃい、て言われるだけで簡単に乱れる心拍や体温は、…うん、どうしようもないよね。 「辛そう、つうか…目腫れてんぞ」 こっそり周りに聞こえない小さな声と近さで言われた。 軽く化粧するときに気付いてたけど、そんなに目立ってるんだ。その化粧のときにもうひとつ気付いたんだけど、京は私のメイクまでなんとか取ってくれていて、ありがたいと思った一方すっぴんを見られてしまったとか…余計なことを考えてしまった。 「大丈夫ですよ、心配しないで下さい」 「まあ、…なんかあったら言え。すまん、今は仕事だな」 ぐりぐりと私の頭を小突いてから赤石さんは自分の机に戻った。 優しい人だなあ、赤石さんは。こういうの鬱陶しがる人は居るかもしれないけど、不器用ながら気遣ってくれる赤石さんはとても素敵で、私はカッコイいと思う。 あれこれ考えながら椅子に座って、それからは気持ちを切り替えて仕事に集中した。 早く家に帰りたい。 「お疲れさん、帰っていいぞ」 夕方、平日よりは早い仕事の終わり。 「ああ、と、笹川」 「どうしました?」 「お前このあと暇か?」 「まあ…はい」 予定は何もない。さっき会社のカレンダーを見て思い出したけど、明日はみんなで有給を取る日なので、つまり、明日は休みだ。危うく明日出勤してしまう所だった。 簡単に言っているけど、出勤してしまったときの恥ずかしさと言ったらもう。 経験者は語る、だ。 「良い酒手に入ったんだけど、飲みにこないか?」 「いいんですか?」 「ああ」 赤石さんが良い酒と言うぐらいなんだから、本当に良いお酒なんだろう。 「じゃあ、行きます」 赤石さんは今日は車で来ていたので、後ろに自転車を乗せて貰って私は助手席に座った。 「本当、最近熱いな」 「ええ、夏ですねえ」 「笹川は、この夏どっか行くのか?」 数日だけの夏休みのことだろう。 一応思案するふりをしてから、特にないと返す。即答するには、あまりに寂しすぎる話題だ。 そんな当たり障りのない話をしながら、赤石さんの家へ。 家へ行くのは初めて、だったりする。 「お、お邪魔しまーす」 「おう」 妙に緊張しながら、私は赤石さんについてマンションの一室へ入って行った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |