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笛を吹いて出会ったのは
17



ゆるゆると流れていく時間の中、着実に勢いをつけて消えていくのはその時間と安定感。

ぼんやりと空中をさまよう視線。真っ赤な顔で、優美さんはご機嫌に微笑んでいる。

「優美さん」
「んー…?」

相当酔ってるなあ、優美さん。
試しに名前を呼べば力のこもらない甘ったるい声が返ってきた。
私の右側に座っている彼女は、そのふらふらする頭を安定させるためか、私の肩にもたれ掛かっている。

「きょー」
「なんです?」
「んー…眼鏡取ってもいい?」

返事をする前に優美さんの右手が私の眼鏡を掴んでさらっていく。
ああ、見えない。
至近距離にある優美さんの顔以外、何も。
その顔は楽しそうな、子供のような笑顔で。
本当、可愛いなこの人。

「ダメですよ、こんなことしちゃ」

潤んだ瞳を捉えたまま、右肩から指の先まで手探りで辿って、彼女の温度が付着したはずの眼鏡ごとその手を包んだ。
熱くて、暑くて、何が何だかわからなくなりそうだけど。
絡んだのは熱い手と、熱い視線。
かつての恋人たちとよく似た瞳は、私を誘って、そのまま勢いで顔を近付けてしまいそうになる。

「京。…きょう」
「なんです…?」

眼鏡がことりと机の上に置かれた。解かれた指がまたくっ付いて、絡められた。
ぐっと近付いた顔はその頬を私の頬にくっつけて、それから、耳に息を吹きかけて、
「…なんでもない」

楽しそうにくすくす笑えば、彼女はそのまま眠ってしまった。
見た目にはわからないだろうけど、この体の中心にある臓器はいつにも増してどくどくと体中に血液を送っているし、この体勢をどうしようかと、私の両手は彼女の近くをふらふらとさまよっている。
ふうとひと息吐いてから、優美さんをゆっくり私から離して、なんとか彼女を抱えると寝室に向かった。
ベッドに寝かせて、私もそこに腰を下ろす。息を繰り返す彼女の頭を撫でてみて、柔らかいその髪にもいち早く心臓は反応する。

最近越してきた隣人さんに、私は恋をしてしまったらしい。

優美さんが越してきて、まだたったの半月だ。会話をした時間だって、全部合わせても1日に満たないだろう。けれど、それでも私は優美さんを好きになっていた。
醜い嫉妬が、気付かせた。
優美さんが楽しそうに話していた、赤石さんという彼女の上司に、顔も知らない、声しかわからないその人に。

これじゃあ、先が思いやられるなあ。
どうしたって、いきなり時間は進んでくれない。
私より彼女を知っている人間はたくさん居るし、彼女のそばに私が居たいと思う限りその人たちの存在を私は知っていく。その度に私はもやもやとしたものを少しずつ溜めていくだろう。
増してや、人の心なんて簡単に転がったりしない。私は簡単に、優美さんに夢中になったかもしれないけど、優美さんはそうじゃない。

深く、下向きな視点で考えるのが私の悪い癖だと、目を瞑ってこっそり出たため息は、やはり下に向かっていた。






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あきゅろす。
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