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笛を吹いて出会ったのは
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「お邪魔、します」
「はい、どうぞ」

奥へずっと進む。
想像していた通りというか、落ち着いた色合いをした部屋だった。

「適当に座ってください」
「あ、うん」

目に付いたソファーの端に座る。
京はすぐに台所に立って、何かの調理を始めた。
今日は白いTシャツだ。白だから、その…下着が微かに透けていらっしゃる。
料理をする背中から目を逸らして、当たり障りのないことを聞いてみた。

「なに作ってくれるの?」
「パスタです。私が唯一、自信を持って人に出せるもの」

たぶんいま、苦笑した。
私の瞳には灰色のカーペットしか映していない。
パスタか。そういえば、お母さん以外に料理作ってもらうのって、久々。タカのを随分前に食べたきりだ。

「楽しみだなあ…あ、そうだ」
「どうしました?」
「これ、ティラミス作ったんだけど…どうかなあ、て」
「わ、ありがとうございます。手作りって…優美さんすごいです」
「そ?」

袋を差し出すと京は嬉しそうに笑って、その袋を受け取ってくれた。

「じゃあ…すぐ出来るので。ちょっと待っててくださいね」
「はーい」

という風に喋り合ったのがほんの数分前で。
本当にすぐだった。
しかもおいしい。色んな具と一緒に炒めたパスタにさけ茶漬けをかけて…うん、今度してみよう。簡単に出来ておいしい料理。
しかも今回は、京の手作りだし…炒めただけだけど、好きな人の手作りってだけで浮かれている今の私は、本当に子供っぽいと思う。

「ごちそうさまでした。おいしかったよ」
「よかったです。優美さんのティラミスもおいしくて…本当に料理上手ですね」

京はそう言いながら、さっさとお皿を2人分重ねて洗い場に持って行った。
私なんてまだまだ、とは思うけど、人並み以上には料理に自信がある。
それにしても、京は行動が早いなあ。

「優美さんはお酒好きですか?」
「うん、好き」

前の京の様に即答すると、京はくすりと笑って、お酒をグラスに注いだ。
…笑顔と笑い声にどきどきするのは、どうにかならないのだろうか。



「昨日、誰が来てたんです…?」

すみません、声が聞こえてきたので。
そんなに気にしていない様子で、彼女は私に尋ねた。グラスを右手でくるくる回しながら。
私はその隣で、ソファーにぐったりともたれ掛かっている。なんでもない世間話をしていて、一瞬の静まりのあと、京がこの質問をした。
京の部屋から料理の音が聞こえてくるなら、私の方の音もこっちに伝わっている訳で。…何か恥ずかしいことしてなかったかな、と考えて、やはり一番は笛だと思い当たる。

「上司の人。昨日一緒にお酒を飲んでて…恥ずかしい話、私潰れちゃって」
「男の方ですか?」
「えっ、あ、いや、あの人あれでも女の人だから!」

ごめんなさい赤石さん!
勢い余ってあれでもなんて言ってしまった。本当に男前な見た目で、声も中性的で、細かいことを気にしなくて、いつもどんと構えてるから…男の人でもあんなにかっこいい人なかなか居ないと思うけど。

「そうですか。あー…私勘違いしてしまいました」
「勘違いって……彼氏、とか?」
「ええ。だって、優美さんって可愛いから」

彼氏が居たって、おかしくありませんよ。
とか、言われちゃったけど。京こそ恋人が居たっておかしくないと思うんだけどな。恋人…居るのかな。

「京って…」
「…なんです?」
「恋人とか…居るの?」

ゆっくりとグラスを傾けて、お酒を飲んだ京は、空になったそれを前にある机にカツンと静かに置いた。
ああ、どうしよう、聞いちゃった。いや、聞いたからって、なんなのって感じだけど。あれだ、私いま怖じ気付いてる。

「居ると思います?」
「…い、居ない?」

絞り出した声を聞き流したかのように、もう一度グラスを手に取って、何も入っていない中身を見つめながら、彼女は不意に静かに笑った。
けど、京は笑い声と同じような静かな声で答えをくれた。

「正解です。居ませんよ、彼氏も、彼女も」

疲れたような声色と、閉じられた目が、しばらく頭にこびり付いて離れなかった。




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