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笛を吹いて出会ったのは
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最近やっと見慣れ始めた天井が真っ先に見えた。まばたきを何度かして、辺りをなんとなく見渡して、やっぱり私の家だった。
ぼんやりと思って、とりあえずベッドから起きあがろうとして、でも頭が痛くて、起き上がれない。ああ、お酒飲み過ぎたんだった。情けない。

「いま水もってきてやる」
「はいっ!?」

聞き慣れた声が枕元に。赤石さんだ。

「あ、あの、ああ…その、すみません…えーと…」

何から言っていいかわからない。運んでくれたんですね、すみません、とか、ありがとうございます。とか。

「鞄勝手に漁らせてもらったからな」
「すみません…ありがとうございます」
「気にすんな」

悪戯に笑いながら立ち上がって、赤石さんは部屋を出て行った。
なんとか上体を起こして、ベッドに腰掛ける。
赤石さんとは何度もお酒を飲みに行ったことがあるけど、こんなに酔ったのは初めてだ。外で飲むときは程度を気にしているつもりだったけど…相当浮かれてるんだ。

「はい、水」

水が注がれたコップを頭を下げながら受け取って、ごくごくと飲み干した。
空になったコップを手に持ったままふうと息をつく。

「…楽に、なった気がします」
「そうか。…お前が潰れたのって初めてだよな」
「まあ、そうですね」
「いっつもきっちり程度を考えてたのにな」
「ええ、ほんとに…」

思わず俯いてしまう。

「潰れることあんだなあ、お前でも」
「家で飲むときは、結構飲んじゃいますよ」
「へえ…じゃあ今度からどっちかの家で飲むか」
「それもいいですねー」

軽く返事をすると、赤石さんは笑った。
どういう笑いか、よくわからない。まあ、なんでもいいいけど。
頭がよく働かない。けど、ひとつ思い出した。

「……あ、自転車」

お店に置いたままだ。お店から家まで赤石さんがおぶって運んでくれたのをなんとなく覚えているし。
タクシーを、て言った気がする。たぶん、もうお金がないって赤石さんは言ってた気も。…私が飲み過ぎたせいだ。

「取ってきてやる」
「いえ、いいです…明日、取りに行きますから」

京のところに行く前に取りに行こう。
赤石さんにこんな酔っ払いが迷惑かける訳にいかない。いや、こんなのは自分でするのが当たり前なんだし。

「ん、じゃあ、帰るぞ」
「ああ、本当にすみません、ありがとうございました」

赤石さんが立ち上がったので私も慌ててベッドから降りる。

「んじゃあな、酔っ払い」
「もう、そんな呼び方止めてください」

玄関先でこんな会話。
友達みたいな上司。会社での知り合いの中で、一番心を許せる人だ。

「なんか、仕事に行く夫を見送る妻みたいだな。いまのお前」
「どこがですか! そんなに良い旦那さんなら、奥さんを酔っ払い呼ばわりなんかしませんよ」
「はいはい、で、行ってらっしゃいのキスとかはしてくんないの?」
「どうせお酒臭いからしませんよー」

にやにや笑っていたのが、不意に真面目な顔付きになる。
見上げなければ目を合わせられない身長差、赤石さんが少し屈んで私と目の高さを合わせる。
真面目な目に、こっちが緊張してくる。

「酒臭くなかったら、してくれる訳?」
「え?」

真面目な顔が崩れて、にやにや笑いになる。くっくっと低い笑い声が、私をからかったのだと伝える。

「もう! 帰ってください!」
「悪い悪い。じゃあな酔っ払い!」

くしゃくしゃと乱暴に頭を撫でてから彼女は帰っていく。
…たまに、いや、よくムカつくけど、面白い人だ。
寝室に着いて、ベッドに倒れ込む。
明日は京に会える。ふと思い出して、自然に口角が上がる。

金曜日の夜は幸せだ。




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あきゅろす。
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