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笛を吹いて出会ったのは
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「んじゃ、帰るねー」
「うん、また」

玄関で靴を履きながら喋るタカの後ろ姿を見つめた。

「あ、今度くるとき平井さん紹介して」

本気なのか冗談なのか、わからない声色でそう言ったタカは、にっと白い歯を見せて笑う。そして当たり前のように右手を私の頭に伸ばしてきた。
けど、それは途中で行き先を変えて、私の肩をぱんぱんと叩いた。

「まっ、色々頑張ってこーよ」
「うん? …うん」

いまいち何をかわからなかったけど、とりあえず頷くと、タカは嬉しそうに笑いながらドアを開いて、手を振りながらドアを閉めた。

…静かだ。
賑やかな彼女が帰った途端、寂しさが湧き上がる。
奥に戻ると、微かに夕日の光が部屋の中に漏れていた。
窓の外は小さなベランダになっていて、道路を挟むと、このアパートと同じぐらいの高さの建物が並んでいる。その隙間から、夕日の光が届いていた。もうそろそろ真っ暗になって、街灯の光だけが灯りになるだろう。
カーテンを閉めに窓に近付いて、でも気が変わった。窓を開けてベランダに出る。
あっ、昨日から洗濯物干したままだ。取り込まないと。
そう思ったとき、道路を一台車が通った。
少しだけ風がある。…気持ちだけでも涼しくなるように、風鈴でも買ってみようかな。これからもっと暑くなるんだし。
ああ、晩ご飯何にしよう。お味噌汁はなくなった。…まあ、適当に何か作ろう。
そうこうしているうちに、日が沈んでいき、辺りは真っ暗になった。少し前から点いていた、街灯の灯りが目立つようになる。
ぱちっ、と音でもするように、隣の部屋の電気が点いた。
京の部屋だ。いま帰ってきたみたい。
反対側のお隣さんは電気が消えたまま。会ったことはないけど、微かに音楽が聞こえてくることがあるから、誰かが住んでるのは確か。そのうち挨拶できるかな。
ちょっと高めのプリンは、全部食べてしまったけど。
…洗濯物取り込んで、晩ご飯の用意をしよう。
洗濯物に手を掛けて、部屋に戻ろうとした瞬間、隣の部屋の窓ががらっと開いた。京の方だ。

「あ、優美さん」
「あー、あ、はい。えと、おかえりなさい?」
「ただいま」

軽くパニック状態の私がかけた言葉に、彼女はそっと笑いながら言葉を返してくれた。
綺麗な笑い方だ。何故かどきりとしてしまうぐらい。

「洗濯物、昨日から干したままで」

今度は苦笑しながら彼女は自分のベランダにある洗濯物を指差した。思わずそれに目を向けて、やっぱりシンプルで動きやすそうなものばかりだと思った。夏だし、私もそうだけど。彼女からは服装へのこだわりがあんまり見えない。

「優美さんも?」
「え、あっ! そう、そうだった」

ちらりと彼女が私の手元にある洗濯物に目を向けたのがとても恥ずかしくて、せめて下着だけでも確認される前にと、私は急いで部屋の中にそれらを放り込んだ。
自分でもわかるけど、ぎくしゃくしてる。一方的に、異常なくらい、意識してしまっている。平井京子という人を。恥ずかしいところを見せたくない。…一番始めの笛こそが大失態というのは、もう過去の話にしたい。

「そんな気にしなくても。これでも私、優美さんと同じ女ですからね?」

くすくすと笑われて、私は苦笑いをした。
こんな綺麗な人を、男の人と勘違いするはずがない。確かに、それはそれは男前だけど。私は京が、女の人だってちゃんとわかってる。私も女だって、ちゃんとわかってるんだよ。
わかってるんだけど、どんどん私の中で膨らむ感情がなんなのか、それも私は理解しているつもりだ。
引っ越しから一週間。そんな短期間のうちに、女の私は、女である彼女を、好きになったようです。




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