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笛を吹いて出会ったのは
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夜に笛を吹くと蛇がくるから止めなさい。

小さな頃、母に言い聞かされていたこれ。真面目に守っていた私は、大人になった今それを破った。
24になって、一人暮らしを始めた。安いアパートの一室に引っ越してから2日目の夜、私はリコーダーで聴くに耐えない演奏をしている最中。
蛇を呼びたい訳ではないのに、何故笛を吹いているのか。突然自問したけど、出たのはただの好奇心という答えだった。
小学生の時に習った(と思う)うろ覚えの曲を1つ吹き終わる。
…蛇が来る様子はなく、代わりにあったのは家の扉をどんどん叩く音。

「は、はい…」

チェーンを掛けてから扉を開けると、眼鏡を掛けた、黒髪美人さんが小さな隙間に居た。年は私と同じぐらいか、少し上、だろうか。その美人さんは明らかに不機嫌そうな顔で、

「もう少し静かにしてもらえますか」

蛇とは、こういうことなのだろうか。
何にせよ、私が今後夜に笛を吹くことはなさそうだ。

チェーンを外して扉を開け、自分の馬鹿さ加減に少し泣きそうになりながら、しっかりと謝罪をした。
尚も少し不機嫌そうに、彼女はたぶん隣の部屋に帰ろうとした。
私は、あっ、と彼女を引き止めて、少しだけ待ってもらった。

「あの、私、ここに最近引っ越してきた、笹川優美といいます。先程は、本当にすみませんでした! これ、つまらないものなんですが…」

そう言いながら普段買うのより少しだけ高めのプリンを差し出す。
美人さんは無言でそれを受け取って、数秒してから、平井京子です、と名乗ってくれた。それ以上は何も言わず、彼女は隣の部屋へ。
去り際に、何故か頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。

身長もさして低いわけではないのに、どうしてか、よく親や友達にまで子供扱いされる。けど、まさか初対面の人にまで子供扱いされるなんて。
髪を手櫛で整えながら家の中へ戻る。まずリコーダーを押し入れの奥へ。2度と手に取らないように。
…それにしても、本当に美人さんだったなあ、平井さん。
本当は昨日渡すつもりだったプリン。でも、チャイムを鳴らしても誰も出てこなかった。
気に入ってくれたらいいんだけど。

…ちゃんと、話してみたい。
お隣同士な訳だし、仲良くしていた方が良いに決まってる。
あぁ、でも、第一印象最悪だなあ…。
謎の笛吹き女がお隣なんて嫌だよね。

誰か、挽回のチャンスを下さい。




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あきゅろす。
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