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リクエスト・記念品
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蝉がうるさいな。
真っ昼間の公園。木陰にあるベンチ、見知らぬおばあさんの隣に腰掛けた。昼間は本当に暇で、少しでも微笑ましいというか、癒されるものを求めて、私は公園にやってきた。
おばあさんは無表情に、砂場をじーっと見つめている。
私もその視線を辿って、砂場に目を向けた。1人の女の子が砂をつついている。私が求めていたのは、これに近いものだった。微笑ましい光景を求めてきた。けど、親はどうしたんだろう? 一人きりで砂をつつく様子は、なんだか寂しそうだ。私は見知らぬおばあさんとその子を眺めた。

「あんた仕事は?」

隣に座っているおばあさんが、こちらには目もくれずに言い放った。たぶん、いや、絶対に私へ向けられた言葉だろう。
真っ昼間から公園に居るような奴に仕事は?なんて、なかなか厳しいことを聞く。

「昼間は休みなんだよ」
「夜の仕事かい?」

にやり、とやらしい笑みを浮かべたおばあさんがこちらを向いた。瞬間、私の背を何かが駆け上がり、駆け下りた。
なんとかその目を見つめ返して、そうだよ、と返す。
これでも人気があるんだよー、とは言わなかった。私が働いているのはただのバーだし。よくお客さんの話相手にはなるけど。だけど、私の見た目で夜の仕事なんて。まるきり、私は男のような見た目をしているのに。つんつんにした赤みがかった茶髪に、生まれつきの目つきの悪さ。
今日なんか、ダボダボのシャツにダボダボのジーンズを身に付けているし。
…男だと勘違いされてるのか?

「どこの店だい?」
「なに、おばあさん遊びにきてくれるの?」

くっと喉で笑いながら、おばあさんを見る。おばあさんは、はっ、と鼻で笑って、立ち上がった。

「そんな金、ありはしないよ」

なら聞くなよ、と内心呟く。来て欲しい訳じゃないけどさ。
しっかりとした足取りで砂場に向かっていったおばあさんの背中を見つめる。
砂場の子と何か話をしているみたいだ。おばあさんの孫、なのだろう。
何を話してるのか気になるけど、とりあえず私は砂場から視線を外した。
噴水辺り涼しそうだなあ。太陽の光をまともに浴びているそこは、とても綺麗だけど、日差しがとても痛そうだ。所詮は涼しそう、だ。
ブランコは、鎖が熱そうだし。すべりだいなんて凶器だろう。
今日はとにかく熱い。
そんなことを思いながら、小学生の子供のように首に垂れてきていた汗を肩で拭ったときだった。
足元にボールが転がってきたのは。
ピンク色をした、私がぎりぎり片手で掴めるゴムボール。それがやってきた方向を見ると、案の定砂場に繋がった。
私はそのボールを拾って、女の子に向けて転がした。

「ありがとう!」

ボールを拾った女の子が眩しく純粋な笑顔を向けてきた。おばあさんはさっきとは違って常に優しげな表情を浮かべ、その女の子を見つめている。
不意にこっちを向いた瞬間、何か思いついたような顔をした。

「こっちで遊んでやってくれないか」

年寄りじゃ相手にならなくてね。
そうして、もう一度女の子に視線を向けた。
名前を聞くと、その女の子は「茜!」と元気な声で答えた。

それから、平日の昼間はよく公園にくるようになった。茜が居ればボールで遊んだり砂で山を作ったり。水分をしっかり補給しながら茜が疲れるまで遊び続けた。
成人してからこんなに子供と触れ合う機会はなく少し戸惑ったが、そもそも癒やしを求めて公園に行った私には好都合だった。
私の肌も茜の肌もよく焼けたと思う。お店の店長とかに笑われた。おばあさんは木陰のベンチにいつも居たから、そんなにダメージは無いように見えた。
茜は、幼稚園に入園していれば年少さんという年で、けど、入園するのは年中からと決めているらしかった。母親が。
その母親は、仕事に行っているらしい。共働きか、大変だなあとのんきに私は思っていた。


茜が常に持たされている携帯が鳴った。母親からの電話らしかった。防犯ベル付きの簡易な携帯で、電話が鳴ったときの操作方法はちゃんと教えられていたようだ。
茜は、うんうんとわかっただけを繰り返して電話を切った。

「司ちゃん」

えらく深刻そうな声で、茜は携帯を手にしたまま私の名前を呼ぶ。
その日は珍しく、茜は1人だった。いや、私が来るまではおばあさんと2人だったけど、おばあさんは何かの集まりで旅行に出かけることになっているらしく、私が来てしばらくすると帰ってしまった。茜を家へ送り届けるように頼んで。随分と信頼を得たようだ。
麦わら帽子を被った茜の顔、そこには太陽の光が影を描いていた。まだまだ空は青い。

「どうしたの?」
「お母さんが、遅くなるって。ご飯も遅くなるけど、ごめんって」
「そっかぁ。お父さんは帰ってくるの遅い?」
「お父さん? 茜の家にはお母さんとおばあちゃんと茜だけだよ」
「あー、そうか。じゃあ、今日はしばらく1人になっちゃうんだな」

そういうことか。そりゃ、お母さんは働いてるよね。
頭の上に?マークを浮かべる茜は、たぶん、お父さんを知らないんだ。…まあ、私がどうこうできる問題でも、ない。

「あのさ、お母さん帰ってくるまで茜の家に居てもいい?」
「うん!」

即答だった。私は茜の家にお邪魔することになった。

家の前までは何度も来たことがある。律儀なのかなんなのか、2人を家までちゃんと送っていたから。といっても、茜の家から公園までの距離は全然大したことがない。
茜はまだ3歳だ。秋に誕生日があるから、もう少しで4歳だけど。
素直すぎると思う、この子は。お母さんも大変だし、我慢もよくしてるんだろう。
普通さっきの電話、少しぐらいは文句をいうもんだ。私だったらすぐに文句をたれている。それでも、茜は何も言わない。1人は寂しい。少しでも茜が、1人にならないようにとこのとき思った。
タイミングよく、今日はバーが休みだ。
うちの店は昼はカフェ、夜はバーという形態をとっている。今日は昼のカフェだけで、夜はお店を閉めることになっていた。
私は成人して、すぐにそこに就職した。そこの店長とは昔からそれはそれは色々とあって、雇ってもらった。働ける限り私はそこにいるつもりだ。

手を繋いで歩くこと数分。茜の家が見え始める。
二階建ての一軒家。お金とかどうしてるんだろう。まだ20代の女の人で、こんな家。よほど収入のいい職業についてるのだろうか。

「ただいま」
「…お邪魔します」

茜が鍵を渡してきたので、私が鍵を開けた。鍵を開けたり締めたりするのが苦手みたいだ。身長的な理由で。

家の中に入る。辺りを見渡してみれば、どこもかしこも綺麗だ。片付いている。一階にはキッチン付きリビング。二階には部屋が2つと、トイレは一、二階両方に。寝たりするのは二階の一部屋らしい。
茜が案内と説明をしてくれた。ひょこひょこ走り回る元気な子供って可愛いなあ。階段はまだ下りるのは苦手みたいで、一段ずつゆっくりと下りていた。


「これ司ちゃん!」

リビングの机で絵を描くことになった。
紙がまとめられたボックスから一枚紙を出した茜は、絵のある面を私に向けた。
茶色い髪に黒いTシャツ、青いズボン、の人が描かれている。背景は緑に茶色、たぶん公園だ。その人が私らしい。
年相応の絵、だと思う。不安定で、形もちゃんととれてない、昔私も描いたような。
「いいね。茜は将来画家さんかな?」
「画家さんって?」
「絵を描く人のこと」

この年頃は、物を知りたがる年のようで、何かと質問をされる。夏はどうして暑いのか、とか。私もよく知らない、わからないことを。今となっては考えない意識しない、当たり前のことを。
私もこんなだったかなあ、と思いながら、きっと茜よりやんちゃだっただろうと今さら親に迷惑かけたなあとか。いろいろ考える。
絵のあとは折り紙とか、とにかく色んな遊びをした。少しの時間の間だけど。

「お腹すいた?」
「すいた!」

こういうのは素直だ。
人さまの家だけど、私は冷蔵庫を物色した。…なんでも作れそうだ。野菜も肉も卵も揃ってる。
適当に晩ご飯を作って、一緒に食べた。もう1人分作って、ラップをかけて置いておく。

「あ、お風呂っていつもお母さんと入ってんの?」
「うん」

眠そうにまぶたが下がっていく。私のじゃなくて茜のまぶたが。
寝させた方がいいんだろうけど、お風呂にも入れた方がいいよなあ。いや、どうなんだろ。うーん…。

悩んだ末、人さまの家の風呂を借りるのはなんだか気が引けたので、ズボンの裾を上げて頭とか洗ってやって、様子だけみた。
風呂をあがって水分を取らせて、歯を磨いて、寝る準備を。布団に入った途端に茜は寝た。時刻は9時過ぎ、母親はまだ帰ってこない。
母親が帰ってくるまでは、居ようかな。
幸い、茜がよく私の話をしているらしいので、存在くらいは知られているはず。だから、不審者ーっ!とはならないだろう。
ちゃんと説明すれば。

静かな中、私までうとうとして、寝そうになる。刻々と刻まれる時間の音に、眠気を誘われる。
かちゃん、とただいまの声が下から聞こえてきた。時計を見れば、10時前。
私は一度茜を見た後、部屋を出て階段を下りた。踊場でばったり、その人と出くわした。
黒くて長い、緩く巻いた髪。きりっと少しだけ気の強そうな瞳に白い肌。この人、美人だ。

「…お邪魔して、ます」
「…えーと」

やばい、私緊張してる。美人とか聞いてないって。
目を見開いて、私を上から下まで見渡す彼女。私の今日の服装は黒いTシャツにジーパン。ダボダボの。
それを確認した彼女は、あっ、と声を上げてから嬉しそうに微笑む。

「司ちゃん、だ」

頭の処理が追い付かなくなった。


「茜のこと、ありがとう。お風呂まで入れてもらっちゃって」
「いえ、そんな…」

高松 辰美さん。というらしい。
お母さんも帰ってきたことだし、帰ろうとすると引き留められた。よければ話がしたいと。
年上の美人さんにそんなこと言われて、私は見事に残ってしまった。
これおいしいね、と、私が作っておいた料理を食べながら言ってくれた。ありがとうございます、とか。なんて面白くない返事だろうか。

「母もあなたのこと気に入ってるの。見た目と違って真面目だーとか言って」
「へえ…」

あの気の強いおばあさんが。…なんか照れるな。
頬杖をついてじっと見つめられる。
不意に右手が伸びてきて、頬にかかっている髪をそっと撫でられる。

「綺麗な髪」

ぐんぐん上がる体温、体の中心にあるポンプが忙しそうにしている。頬が熱い、頭も熱い、目も。
泣きそう。
ガタンと私は立ち上がって、あんまり声を出すと涙が落ちそうで、すみません帰ります、とだけ言って玄関に向かった。とんでもなく失礼だとはわかっている。なんで泣きそうなのかいまいちわからない。でも泣き顔は見られたくない。

「待って」

右手を優しく握られて、私は動きを止めた。

「明日、よかったらここに…遊びにきてくれない? 何時でもいいから」

ぎゅっと手に力が込められる。
後で思えば、このときからもう強引な人だ。有無を言わせず、私ははいと答えて頷く。すると解かれた右手を左手で一度握って、私はお邪魔しましたと呟く。

流石にこの時間は真っ暗で、隠れる雲がない月はその姿を惜しみなくさらして、さらされて、夜の街を照らして。ひんやりとしたその光が、私の温度を落ち着かせた。

それから、辰美さんの休日には毎週のように家に通い始めた。平日のお昼は茜と遊んで。高松家に馴染み始め、仕事が休みの日は泊まりもするようになった頃。何より、茜の誕生日が近付いていた秋に。
辰美さんとお酒を飲むことになって。
不本意ながら、辰美さんから関係を進められた。

「おはよう」
「……おはよう、ございます」

爽やかな朝に良く似合う爽やかな笑顔を、ぐったりしながら見つめた。

「後付けみたいになっちゃうけど…恋人に、なってもらえるかしら?」

おばあさんに良く似た強気な笑顔と言葉は、やはり有無を言わせないような、そんなので。

私は、はいと答えた。


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あきゅろす。
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