リクエスト・記念品
再出発
久々に2人きりで、気の向くまま外へ。
…恋人同士なのに、いつも近くにいるのに、久々なんて。
適当にぶらりとしたあと、突然祈がハンバーガーを食べたいと言い出したので、私は祈に腕を引かれるままにお店へ。そこで食べるものだと思っていたのが、これも突然、祈の家で食べることに。
「ピクルス、嫌い。…渚にあげる」
なら、どうして買ったんだろう。
子供っぽく笑った祈が、指先でつまんだピクルスを差し出してくる。
私の前以外では、見せない甘え。
彼女は、なんと言うんだろうか。緩い優等生と言うのか。服装はそこそこに乱れ、けど勉強は出来て。人当たりもいい。八方美人ともたまに言われてしまうこともあるけど。いつも頼られるのは祈で、祈が人に頼る所は、私は見たことがない。
傍目には理想的な女子高生。
実は、色んな人を、色々と騙しているけど。
「…自分で食べな」
すっとピクルスを奪って、祈のハンバーガーに挟み直した。
いじけて膨らんだ頬にふっと笑みが零れてしまって、また一段と機嫌が悪そうになっていく表情。
それが不意に解けたかと思うと、今度は悪戯を思い付いた悪ガキのような笑みを浮かべた。そんな顔まで綺麗なままの彼女の顔は、本当、どうなっているのだろう。
「渚があーんてしてくれたら、食べられると思うなあ」
カリッと、ピクルスをくわえた祈にからかわれたことを知る。
…何でもないように装うために、手の甲に頬を乗せて、綺麗な顔を見つめた。見慣れてきた、とは言ってもやはり綺麗で。
何度だって見惚れてしまう。
澄んだ黒い瞳に見つめ返されるだけで、あちこち鳥肌がたちそうになる。
「渚は可愛いねえ」
ぽつりと呟かれた言葉に照れるでもなく、私は、それは祈だ、と、心の中で呟く。
あいにく、口はハンバーガーで塞がれているのだ。
「…ハンバーガーおいしい?」
1度頷くと、彼女はそっか、とハンバーガーにかじりついた。
何をしてても可愛い。
私は相当彼女に惚れているらしい。
ハンバーガーを食べ終えて、片付けをする。それも終えてしまうと、することがなくなってしまった。いや、退屈ではないんだけど。
祈は食べ終わった途端にベッドに横になった。
「太るよ、食べた後に寝ると」
「大丈夫。ずっとこんな感じだけど、太ったことないし」
だろうね、と、何度か見た祈の体つきを思い出した。あの腰のくびれ、 鎖骨、胸、全部バランスが良い。神様は贔屓が好きらしい。平等なんていつにもどこにもありはしない。
何故かだんだんと腹が立ってきたので、私が居るにも関わらず目を瞑って、寝る気満々のお姫様の横腹をつついた。
「わ、なに? くすぐったい」
「なんでもないよ」
くすくすと、可愛らしい笑い声を枕に響かせながら、祈は足を小さくばたつかせた。
この敏感さが祈の唯一の弱点と言ってもいい。
…結局、可愛いだけなんだけど。
ベッドに片足を掛けて、次は首もとを撫でた。必死に笑い声を抑える祈が面白くて、更に背中をつーっと撫でる。
たまらなくなったのか、祈は涙目で、勢い良く体を起こす動作に入り、勢いのまま私の肩に掴み掛かった。そして、私の上体は綺麗にベッドへと倒されたのだ。
なんだか他人事みたいだけど、でもそれは、私以上に祈の方が動揺しているように見えたから。
「………」
沈黙も辛いのかもしれない。
押し倒されることはあっても、押し倒すことはないのだ、彼女は。
……他の恋人とどう接しているのかなんて、全く知らないけれど。
「…祈」
名前を呼ぶと、本当に小さく震えた。
それも面白くて。私は笑いながら彼女の背中に腕を回して引き寄せる。華奢な体、白い肌に黒い髪。耳元で繰り返される呼吸、そして体温。全部愛しい。なんて、馬鹿らしいけど。
少しだけしか掛かってこない体重に、気遣いが伺えて。それだけで嬉しくなる。
「え、え、なにっ?」
慌ててる。ゆっくりと背中を撫でてやると、少しずつ私に体重を預けてきた。
そして、不機嫌そうな声で言葉を紡ぐ。
「子供扱いしてるよね…」
「してないよ?」
なんだかいつもと立場が逆だ。私が祈をからかって、少しでも翻弄している。
はぁ、と耳元でため息を吐かれたのなんて初めて。熱い熱い、祈のため息。妙な気分になってくるのを感じたけれど、それに従う訳はなくて。私は彼女の体に手を当てて押し返した。
そして、上手い具合に、今度は彼女を押し倒す。
「…したいの?」
さっきとは打って変わって、妖しげな表情。すーっと撫でられた頬から、顔中が熱く火照る。
とことん受け身な彼女なのに、瞳は少し挑発をするように強い。
そんな綺麗な瞳に吸い寄せられて。
何度触れても、彼女の唇は甘い。
「ん…なぎさ、」
「しないよ。今日はゆっくり、話してたいから」
少しだけ残念そうな表情を浮かべて、けれどすぐに微笑んだ彼女は、ぎゅっと私にしがみついた。
「やっぱり、渚が好き」
嬉しそうにそう言うから、突然だったけどこっちまで嬉しくなる。でも、じゃあ早く皆と別れて、という考えが浮かんで。
口には出せないんだけど。
「渚は? こんな私のこと、まだちゃんと好き?」
こんな私とは、色んな人と付き合っているこんな私、のことだろうか。
だとしたら、即答は出来ない質問だ。
祈のことは好きだ。けど、色んな人に好き勝手に愛されている彼女のことを考えると、吐き気すらする。
「…あのね、渚。私変わろうと思う」
沈黙が続いた後、おもむろに彼女は口を開いた。
変わる? 祈が?
私は口を開かずに、続きを待った。
「雄治と別れたんだ、昨日」
「え?」
思わず声に出して、上体を少し浮かせた。
私の下には美女の微笑。なんて、ベタで面白くもないこと考えるんじゃなくて。
言い方から察するに、祈は自分から別れを告げたようだ。
「ちょっと好きだったんだけどね、雄治のこと。…いま、妬いたでしょ?」
冗談だよ、と頭をくしゃくしゃ撫でられた。
一瞬頭の血が沸騰しそうになったのは本当。なるほど、これが嫉妬。目頭も地味に熱くなった。
「彼だけじゃなくてね。渚以外の皆と、昨日までに別れた」
どくどくと心臓が脈打つ。
目の前の彼女は、嬉しそうに微笑んでいる。
嘘は言ってないだろう。
私は彼女を信じている。嘘を吐かなければならないとき、彼女はその嘘を私には吐かない。黙秘を貫いて、そんなものすらなかったように。彼女はマジシャンだ。
ダメだ、妙に興奮して、自分でも何を考えているのかわからない。
「私ね、本当に誰と居ても渚のことばっかり考えちゃうんだよね。…渚だったらいま、なんて言ったかな、なにをしてくれたかな、て」
恥ずかしそうに祈は目を逸らした。
そんなことは初めて聞いた。比較する、とは聞いていたけど。
「他の人に時間を割くのが、もう、馬鹿らしくなっちゃって。…だから、ていうのも、変な感じなんだけど…」
彼女が私の肩を小さく押すから、私は起き上がった。
途端に彼女は、私の両手をその両手で捕まえて、ぎゅっと力を込めた。
「改めて。私と付き合ってください」
真剣な表情、その目は強くて、でも少し不安げに揺れている。
そんな顔も素敵で。こんなときだからこそ、こんなときに、私は彼女に見惚れてしまった。
「泣かないでよ」
苦笑を浮かべ始めた彼女。
滲む私の視界。
私は泣き虫になった。彼女と付き合ってから、泣く日が増えていたからだ。
泣き止むには、彼女をぎゅっと抱き締めさせてもらって、何度も何度も名前を呼んで、それがいつも通りで。
ああ、でも、今日は違うんだ。
「…喜んで」
そんな一言を告げただけで、何もかもが輝いた気がした。
涙は止まらないけれど、それでいい。
今日は、彼女が、私たちが再出発をした日。
後日談。
「それにしても、急展開だったね」
「私、結構短気だからね。本当は、あと一週間ぐらい、様子見するつもりだったんだけど」
それにね、と、彼女は不意に私を見上げた。きらきらした瞳が眩しい。
「今日はゆっくり話したい、とか。もしかしてバレてるのかなぁ、なんて、そんなことなかったけど。私大切にされてるんだ、て」
紳士な渚かっこいい。
にこにこ顔付きで、私はしばらくからかわれ続けることになった。
今度あんな誘われ方したら、めちゃくちゃにしてやろう。なんて、出来もしないことを誓ったのだった。
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