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リクエスト・記念品
あと1時間


渚はよく無愛想だと言われるけれど、そんなことはない。いや、実際そっけないときはあるけど、優しい人ではある。そういう風に渚のことを言う人は、渚と1時間も過ごしたことのない人だけだ。もしくは、訳もなく、渚を嫌って疎んでいる人、あとは、私を嫌いな人。
嫌いな人と仲の良い人、それだけでその人も嫌い。
なんて、子供かと思う。
私は八方美人だ。本当に自然に優しく出来るのは、渚と、極僅かな本当に気を許している友人たちだけ。
人間が人間に分け隔てなく、平等に、優しさと愛を振り撒くことなんて出来るはずはないけれど、渚はそれに限りなく近いことをやってのけていると私は思う。
そう言えば渚は、買い被りすぎだと苦笑するだろうけど。
でも特別に、優しさと愛情と、欲とを向けているのは私だけであってほしい。

「あ、成川さん」
「ん?」
「あのね、これ、家庭科で作って…余ったからあげる!」
「おいしそうなクッキー。ありがとう」

これはまたべたべたな。
お昼休みに廊下をただ、渚と2人で歩いていたときだった。真っ正面から綺麗にラッピングされた袋を持っている女の子が歩いてきているのに私は気付いていた。絶対に家庭科で作ったものじゃない。ラッピングまでされてるなんて、おかしい。
その子は私たちの前で立ち止まるとろくに渚の顔も見れずに袋を差し出して、さっさと私たちの後ろへ駆けていった。
無愛想だとよく言われる渚は、でも、一度気に入るとなかなか離れられない、逆にどんどんのめり込んでしまう魅力がある。
私という存在がその証明になるんじゃないだろうか。
…いや、他の人と私のそれは意味が違いすぎるかな。

「いまの知ってる子?」
「うん」
「私は知らないなー」
「そういうこともあるでしょ」

うん、あるよね。
教室に着くと、渚は自分の席に向かって鞄にさっきのクッキーをしまった。

「おっ、成川、いまの何?」
「クッキー」
「へー、お前、どうせもらいもんだろ」
「…なんで」
「お前よく食いもんもらってんじゃん。やー、モテる奴はいいねえ。俺に分けてよ、それ。てかくれ」
「あげないよ」

…渚の隣の席の彼は、よく渚に話しかける。別にただの友達だけど。淡々と返事をする渚は面倒臭そうで、けど、少し楽しそうだ。
自分がどんどん無表情になっていくのがわかる。

「…祈?」
「え?」
「大丈夫?」

顔色が悪いように見えたらしい。実際、私は気分が悪い。いや、機嫌が悪い、の方が正しいかもしれない。

「…ちょっと、気分悪いかも。保健室行ってくるね」

今日は特に、もやもやする。


2人にそう言って、私は1人で保健室。
少し具合が悪そうな演技をして、先生たちの間で評判の良い私はすんなりとベッドに寝かせてもらえた。
私ダメだなあ。
私は目を閉じて、眠った。


目が覚めて、しばらくじっとする。どれくらい眠ったのだろう。
スカートのポケットから携帯を取り出したとき、がらがら、と静かな保健室に扉が開く音が響いた。

「大丈夫? 五限目終わっちゃったよ」

渚の声だ。私はカーテンを開く。
まず不思議に思ったのは、先生の姿が見当たらないことだった。

「先生は?」

渚は少し周りを見渡して、机の上に目立つよう置かれたメモを見つけた。気分が良くなったなら、授業に戻るように、とのこと。
たぶん、サボったのがバレてる。

「…なんか、怒ってる?」

ぽつりと、渚が呟いた。
突然言うから、なんのことだかさっぱりだった。けど、ああ、と、私が保健室に来た訳を思い出した。

「怒ってた、とは、少し違うかな」

ベッドに足を崩して座ったままの私は、渚をちらりと見てから視線を落とした。

「ごめん、わかんない」

ぎっ、という小さな音。それは、渚がベッドに腰掛けた音だ。
私に背中を向けたまま、渚は何も言わない。
ただ、ただ、私の言葉を待つ。
私もしばらく、沈黙を保った。

「…あのね、渚」

まずは声を掛けた。渚はゆっくりこっちを振り返る。
いつも通りの真面目な顔付きで、渚は私を見つめる。ううん、少し違う。いつもの気だるい感じは抜けていた。
なんとか渚の目を見つめながら、私は言葉をゆっくり続けた。

「…自分勝手なのは、わかってるよ。…でも、どうしても、…優しい渚が、色んな人に優しくすることがね、」
「祈だって、優しいよ」

ぽん、と頭に乗った温かい手に全て絆されそうになったけど、あんな醜い気持ちはなかったんだって勘違いしそうになったけど、伝えずにすれ違って、それじゃあね、なんてことにもしなったら。ないとは思うけど、不安なことは片っ端から潰したいから。
私は重くてもなんでも、どろどろとしたこの気持ちをちゃんと渚にぶつけておきたい。

「私のはただの八方美人だってわかってるでしょ? でも、渚は違うから。渚は自然体で、誰にでも優しいから。…ごめんね、色々とめんどくさい女で。私、」

勘の良い人は、私のそういう所がすぐにわかる。本当は、数人にしか優しくないこと。渚だけに怖いぐらい執着している私は、気付かれないようにしなければいけない。
でも、それはとても難しそう。

「…ああ、そういうこと」

ふっと渚は静かな笑みを漏らして、ぐっと私に近付いた。

「それは、不安なの? それとも…あの祈が嫉妬してるの?」
「あのってどんな?」
「私に、いま祈のここにあるもやもやを与える、祈のこと」

ここ、のとき、渚が私の心臓の上を優しくつついたせいで、私はその器官の動きも呼吸も、あと体温も少し狂わせた。いや、私じゃなくて彼女が、狂わせる。
速いね、と呟かれた瞬間、このままこのベッドに押し倒されたいと真面目に思った。

「…うん、そうだね。そうだよね」

嫉妬するのは私だけではないはずだということに、私は今さら気付いた。あんなにふらふらしていた私を根気よく何年も待っていてくれた渚が、いまの私と同じものを抱えたことがない訳がないんだ。有り得ない話だけど、もしも、私がしていたことを渚がいましたら私は耐えられない自信がある。

「まだもやもやしてる?」
「……渚が、誰かに取られちゃったら、って、考えるといつだって」
「大丈夫。この音、わかるでしょ?」

心臓の上を泳いでいた右手が、私の左手を掴んで、今度は渚の心臓の上に。

「まだまだ、祈といるだけでこんなになっちゃうんだよ、私の心臓」
「おそろいだね」
「うん、何もかも」

心臓の動きも、あのもやもやも。こんな風に遠回しにお互いの気持ちを確認するだけで、簡単に消えてしまうそれも。

「…抱き締めてもいい?」
「抱いてくれたっていいよ」

わざわざ確認をとった渚にそう返すと苦笑された。
渚は身を乗り出して、そっと私の背中に腕を回して、すぐにぎゅっと力を込めた。

たまらなく幸せで、このまままどろんでゆっくり死んでしまいたいと、らしくもなく考えてしまった。
そんなことを口にすれば渚は困るだろうけど。

先生ごめんなさい、あと1時間だけ。





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