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Before summer vacation.


肩を抱かれた。仲の良い、友達に。その友達は私に触れていない左手で空を指差した。

「良い天気だよねー…このまま、学校抜け出しちゃう?」

昼休みにそんな事を口走った彼女は、にっと笑ったのだけれど、その顔は下品なんてものとはかけ離れた顔だった。
青くて白い夏の空よりもとても活発で綺麗な彼女。

「抜け出すのはよくないよー」

えーっと言った彼女は、発言ほど不満な様子はなさげで、ちょっと言ってみただけって感じか。

「…じゃぁ、代わりにキス、してもいい?」

唐突に、そんな事を言いながら近付いてくる顔。どうしようか…考える必要なんてない…避けるべき、だろう。彼女と私は付き合っていないし、彼女には何人もの彼氏が居たような…。あんまりそういう話はしないので忘れてしまった。私には彼氏が居る。最近は微妙で、いつ壊れてもおかしくない関係で、でも、もうそんなこと気にしない程度の付き合い。
というか、そもそもどうしてこんな事に…?
色々と悩んでいる間に、彼女は思っていた以上に柔らかくて優しくて、短いキスをしてきた。

「…キス…慣れてんの?」
「綾ほどじゃないよ。私、綾ほど遊び人じゃないし」

くすくす笑う綾はやっぱり軽い。清楚な見た目に騙される男がたくさん居ると思うと、可哀想で、でも笑える。

「相手も遊びだったしいいの。今は誰とも付き合ってない」

横目にちらりとこちらを見た彼女は、なんだかいつもと違っていた。飢えた獣の眼。なんて、ありきたりな表現が一番合う気がする。妖艶。それも似合う。

「遊び人の綾がねー…本気で好きな人でも出来た?」

そんな様子を大して気にせず、冗談で言ったつもりだったんだけど…。彼女は目を見開いて私を見る。

「えっ、マジ?」

こく。
渋々といった感じに頷いた。…信じらんない。あの綾に、本気で好きな人ができるなんて。
気になる。スゴく。彼女に本気で好きな人が出来るなんて、私が知る限り初めてのことだ。

「誰っ? この学校? 違う学校の人!?」
「…言うけどね、本気で好きな人が居るのに、簡単にキスなんてしないよ? 私は」
「ええ? さっき私にしたじゃん」
「…はぁ…」

ため息をつかれたので、私は足りない頭で懸命に考えてみた。…言ってる事とやった事の矛盾。そこから考えてみる。…彼女には好きな人が居て、その人以外に簡単にキスなんてしない。けど、さっき私にキスをした。…彼女がキスするのは好きな人だけ。…つまり?

「えぇ!?」
「あー…死にたくなってきた…」
「……マジですか?」

こくり。
今度ははっきりと頷かれてしまった。

「凜が好き。でも、凜が私のこと友達としか思ってないのは分かってる。…騙してキスとかして、ごめん…でも、私、凜のこと、好き」
「…………」

本気で、告白してる。潤んだ瞳。不安げで、儚げで綺麗で獣で妖艶で、色んな要素を含んだ今の彼女はとても美しかった。それに、カワイくて、カワイくて、…一瞬、胸の奥が熱く熟れた。…あぁ、でもどうしていきなりこんな…頭が弱い私はどうすればいいのかわからなくて、ひとつ思ったのは、今の彼女に落ちない男は居ないだろうということ。けど、そんなくだらないことに気付いた所で何にもならない。
そんな彼女は、私に告白しているのだから。

「…本気なの、よく分かる。…けど、ごめん、気持ちには…応えられそうにない…」

少し酷かも知れないけど、嘘は言えない。

「…う、ん…。…付き合えるとは、思ってなかったし…それに同性はいやだよね…」"あー、私の馬鹿"と、目を伏せた綾に胸が締め付けられる感覚を覚えた。

「私、同性をね、恋愛対象として見たことなかったから…。本当に、驚いただけで、今もよく状況飲み込めてないかもしんないんだけど…あんな本気で告られたの私、初めてで、危うく、その、ね……危なかった」

キスはいただけなかったけど。
空気を変えたい。その一心で冗談を少し混ぜた。今は何をしても、この空気は変わらないだろうが。
あながち嘘ではないと思う。大分ときめかされたのは事実。

「本当に?」

きらりと彼女の瞳が光った気がしたのは気のせいだろう。

「うん。ホントに偏見とかない…」

少しとぼけたつもりだった。だって、彼女の目があんまりにも輝いているから。

「そっちじゃなくて」

あぁ、まずいことになってきた。

「危なかった、って…ホントに?」
「あの、えっと…っ」

焦れったいのか、肩につかみかかられる。
私は私で、うまく舌がまわらない。いや、言葉が出ないというのが正しい。

「私、頑張れば凜のこと落とせる?」
「はっ、え、えっ?」

私はこの短時間に、何度似たような言葉を発しただろうか。
いや、今はそんなことよりも。

「はっきり答えてっ! 私は凜のことを落とせますかっ!?」
「は、はいっ!!」

なんてことだ。反射的に返事をしてしまった…。しかもはい。はいって…。

「…ぃよっしっ!! ぜったい落とすからっ!」

怖いです、綾さん。キャラが、崩壊してるよ。
それに、今。私は彼女に、とんでもない宣言をされたのかもしれません。


数日後。
あの日は作戦を練る為に早く帰ると彼女が言い出したので、放課後になっても特に何がある訳でも無く、当人は私を家まで送るというささやかに男前度を見せ付けるだけに終わった。
その日から、彼女は毎日私を家まで送ってくれる。聞いてるこっちが恥ずかしくなるような台詞なんかは言うことなく、さり気なく優しさを見せてくるだけ。
…意識し始めてから彼女の仕草ひとつひとつが目に付いて、あぁ、どうしよう。

「凜」

本来この名前は彼女の為に有ったんじゃないかと思わせる程に、凜々しさを感じさせる声が私を呼んだ。

「待っててくれたの?」
「まぁ、ね」
「…ありがとう」

心底嬉しそうな顔を露骨にさらす彼女がカワイく思える。
今日は少し遅くなるだろうから、先に帰ってて、と彼女は言っていたのだが、いつもは私の方が待ってもらっているので、私がすぐに帰ってしまうのは何だか私の気が許さなかった。だから私は彼女を待っていたのだ。
待ってた甲斐は有ったかもしれない。こんなにカワイい顔が見れたのだから。…思考が、何だか危ない気がするのはどうしたものだろう…。

「…ねぇ、凜」
「何?」
「今日、家に遊びに来ない?」

お誘いがきてしまった。…どうするべきだろう。彼女は私を落とすと言っている。私が彼女の家に行くというのは、なんだか軽率な行為のような気がして…。

「…あ、違うよ、別にナニしようとかそういう訳じゃない。待っててもらったお礼に、プリンとかどうかなぁって、思ったんだけど…」

ダメ? 言いながら小首を傾げた彼女は、それはもう可愛くて。
そういう意味ではなかったにしろ、私は気付けば彼女にOKの返事を出していた。


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あきゅろす。
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