[携帯モード] [URL送信]

text
温度



どうして、私がこんな思いをしなきゃならんのだ。
黒板を見ようとすれば、席が教卓の前の彼女が否が応でも視界に入るし、さらに彼女は授業中に一度は私の方を見るのだ。
いや、私の隣にある窓の外を見ているのだろう。1日、基本六時間の授業で目が合うのは一度か二度ほどだから。目が合えば合ったで彼女は私に優しく微笑みかける。先生が、誰に笑いかけてんだ。なんて言ったときには心臓がもう…。

少女漫画の主人公みたいなことを、私が考える訳なかったはずなんだけ、ど。
美穂は、あぁ、美穂というのはさっきから私が彼女彼女と代名詞で語っていた女の子で、とにかくべらぼうに可愛い。何あのふわふわした髪。しかもやんわり柔らかい物腰の癒し系とか、どんだけ私のツボ抑えてんの。と、いけない、話がそれる。
美穂は私の彼女で、…うわー、彼女とか、なんか恥ずかしいな…。…まぁ、それは置いといて。私と美穂は最近付き合い始めて、そりゃ、お互いが好きだから付き合ってる訳なんだけど。さっきも言ったとおり、美穂はこっちをみても私を見ずにお空を見上げるという始末。私は少しでも油断している時に、美穂が視界にチラつくだけで、ばっと手を上げる、なんていうオーバーリアクションをするもんだから友達に毎回爆笑されるというのに。
不公平だ、と、私の理不尽な部分が叫ぶ。美穂は悪くないから私の頭が悪いんだ。あれ、自虐ネタになってしまった。

兎にも角にも、私はこんな慌てようなのに、彼女はお空を見る落ち着きよう。
なんだかフェアじゃない。だからって、どうにかしようにもどうにもできないし。その落ち着きようも含めて美穂だから。
けど。
少しだけ、寂しい。
恋や何やらはこういうものだとみんな言う。けど、ただでさえ、同性同士。不安になるのは当然と言えば当然だと思う。
寂しいし不安だし、何より怖いんだ。
どうして私がこんな思いをしなければならないのか。
誰かどうにかしてくれ。

と、恥ずかしい思考がぐるぐるした結果、友人に相談(もちろん理解のある)をしたのだが、"お空に嫉妬とかなにそのバカップル。私に言うんじゃなくて、本人に言えば"
と、少し冷たい目で見られた。

それができたら苦労しないよ。

とは思ったが、やはりなにかリアクションをしなければならないし、何もしなければ何も変わらない。私と彼女は、もう少し話をするべきなのだろう。
友人の遠回しのアドバイスに少しだけ感謝。

私は学校の自販機で飲み物を買って、いつも通り部活をしている彼女を待っていた。おっとりとした彼女は意外にも剣道部に所属していて、今は一年生でまだ強くはないけど、いずれ主将になる子だそうだ。剣道部の先輩が密かにそう言っていたのを偶然聞いた。
いつもは可愛い彼女だが、練習の時はとても凛々しく、それはもう惚れ惚れするものだ。実際惚れてる訳だけど。

「恵!」

私の名前は恵と書いてケイと読む。その名前を、心底幸せそうな声色で叫ばれたと同時に、私は声のする方を見た。
見るまでもなかったが、美穂だ。

おつかれ、と言いながら、私はさっき買った飲み物を美穂に渡す。彼女はいつもお金を渡そうとしてくるけど、私が、これは私が好きでやってるからいい、と頑なに受け取らないものだから、彼女はいつも苦笑する。美穂だって、私によく飲み物とかくれるからお互い様だ。
部活のあと、いつも汗で張り付いた前髪がかわいらしい。

徒歩通学の私たちは西に沈みかけている夕日に向かって歩いていた。家が西の方向にあるから仕方がない。
私たちは、帰りにあまり会話をしない。ただ静かに、沈みかけている夕日を見るだけ。
実は、朝はお互い違う人と登校しているので、彼女と二人きりになるのは帰りのこの時間だけだ。だから、二人きりの時間に、もしかすると、まだ緊張しているのかもしれない。

「…ね、美穂」

んー?と、間延びした声が返ってきた。

「暑くなってきたね」

話をすると言っても、何をどう伝えればいいのかわからなくて。

「そだねー。もう夏が近いし」
「うん」
「……」

美穂を見てみる。あのふわふわな茶髪は夕日に照らされていて、彼女の白い肌も、今は赤く染まっているように見える。形のいい唇は綺麗に弧を描いていて、やっぱり可愛い人だと再確認した。
顔を見ただけで相手の考えや気持ちがわかる訳ないけど、何故か、美穂を見ていると安心する。不安にさせる張本人であるはずなのに。
くりっとしている大きな目をじっと見て、まつげ長いなー、と思っていたら、彼女が不意に私と目を合わせた。

「え、あ、なに?」
「なに、って…恵がこっち見てるから…それに、なんだか様子がおかしいなと。なにかあるの?」

今しかないなと思った。一生に一度するかどうかの話をするなら、美穂がこうやってきいてくれた今しかないなと。

「…美穂は、私のこと好き?」
「…好きだから付き合ってるんだけど…?」

眉間に少し皺をよせて、美穂は怪訝そうに私を見た。突飛な質問だっただろうから仕方がない。

「授業中とか、美穂は私の方見ても空を見てるから…なんて言うか…」

うざいね、ごめん。
自分でも弱々しい声だったと思う。
私は段々と歩く速度が落ちて、遂には立ち止まってしまった。なんだか泣きそうだ。
そんな私を、彼女は立ち止まってじっと見る。次に、ゆっくりと瞬きをしてからクスリと笑った。

「恵、手繋ごっか」

彼女の繊細な指先が私の指に触れた。優しく触れている彼女の指先から伝わる微かな体温に反応して、私の指先、頬にもゆっくりと熱が集まり始める。

「顔真っ赤だよ」
「…夕日のせい」

美穂は笑ったけど、そう言う美穂の顔だって真っ赤だ。

「…あのね。空だけ見てるように見えるかもしんないけど、これでも恵のことすっごく意識してるんだよ」

きゅっと、彼女の指先の力が強まった。

「ごめんね、不安にさせて。…えっと、その…大好きだよ」
「…十分。ありがとう、美穂」

あー、もう、…なんて幸せな奴だろうか私は。不安だの怖いだの、どうでもよくなってきた。
これから起こる沢山の出来事は、具体的な予想は出来ないけど、きっと、悪いことばかりではないはずだと思えて。だって、こんなにもお互い、手のひらが熱いから。それだけ想い合えてるってことでしょ。

この温かさを信じて、美穂とならどこまでもいけるんじゃないかと。そう思えた。





[前*][次#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!