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私しか知らない


とても馬鹿らしい話だとは、ずいぶん前から気付いていた。どれくらい前かと言うと、2年前にはそう思っていた。そもそもの話は、5年程も前から始まってはいたが、馬鹿らしい話だと気付いたのは2年前だった。

明日になれば、明日になれば、を5年繰り返していることは、私しか知らない。

馬鹿らしい話というのは、この長い片想いのことだ。今年21になる私の5年前と言えば16歳で、まだ思春期を引きずっている頃だ。彼女に恋人ができようと、なにをするでもなくただ1番近くに居た。どーしたって、誰にも負けていないと思い込んでしまっていたし、実際、彼女の恋はどんな形であろうと長続きすることがなかった。

中学3年生の夏休み前に、彼女は私の通う中学へと転校してきた。女子の仲の良いグループは固まりきっていたし、受験を控えた微妙な時期だった。けれど、とても社交的な女の子であった彼女は、するするとどこでも無難に混じってしまえていた。その頃は別に、私は彼女のことをなんとも思っていなかったけれど、すごい子だなあと、クラスに全くなじめず教室の隅っこで受験勉強をすることしかできない私は、そんな印象を持っていた。
志望校には、推薦で無事合格した。こんなに地味な私だけど、夢だけは昔から持っていた。美味しいご飯を人に届けるのが、私の夢だった。小学2年生の時、母に教わりながら作った初めてのチャーハンは油でギトギトで、とても美味しいそうでもなかったし、とても美味しいと言えるものではなかった。父と兄は苦い顔をしながらも美味しいと言ってくれたけど、母は、何も言ってくれなかった。それが悔しかった。その時は私が上手に料理をできなかったことが、母はショックだったのだろうと考えた。だから、母に美味しいと言ってもらうために、料理を手伝う日が増えていった。あれが私の初めてのお勉強だったと思う。後に聞いたところ、母は上手にサポートしてあげられなかった自分に凹んでいたらしい。私と母は顔に感情が出にくい上に、あまり話をしたがらない。
母に美味しいと言わせるための料理は、いつの間にか私にとって趣味になり、かけがいのないもので、将来の夢へと繋がっていた。
とにかく、この道と決めてから志望した高校はたくさんの専門コースがあり、私は無事に料理を専門とするコースに合格できた。違うコースに彼女が通うことは耳に入ってくるクラスの会話から知っていたけど、あの頃の私にとっては関係のない話だった。



「青木さんって、料理なれてるよね」

これは中学3年生2学期の、家庭科の時間に彼女に言われた言葉だった。それは彼女が転校してきて、初めて私にかけた言葉だった。私は特に気にもとめず、時々家でするだけ、なんて、答えた。この時にはもう家のキッチンは私の領域だったし、寝坊した日以外の家族のお弁当も私が作っていた。寝坊した日は、母がちゃんと用意してくれていて、そんな日は少し泣きそうなくらい複雑な気持ちになった。1回1回の料理をする機会を逃したくないくらい、私は焦っていた。同時に母に感謝していた。

「へー」

班別になって料理を行うこの時間に、彼女は確か私の隣の班で、けれど自分の担当を離れて、私の班の子と談笑していた。
家庭科のこの時間すら良い機会ぐらいにしか思っていなかった私は、同じ班の子があまり積極的でなくても余計な手出しをされずに料理ができるとすら思っていた。

「とてもよくできてます。期待値以上!」

私の班の料理を一口食べて、先生は満面の笑みでそう言った。内心ガッツポーズしていたけど、母に似た私は誰にも何も悟られない。同じ班の女の子が喜ぶ姿を視界の隅で捉えていたら、後ろに座っていた彼女が青木さんすごいね、と小さな声で囁いてきた。私は何も言わないし、振り返りもしなかった。だって授業中だ、と言い訳しながら、少し上がった体温を隠し続けた。
それから何もなく、普通に中学を卒業して、待ちに待った高校生活に身を投じた。



「中学の時の麻衣子ってさ、本当に無口だったよねー。私さ、転校してきてからずーっと麻衣子と仲良くなりたくて、今でも覚えてるけど、あの最後の家庭科の時間。どうにか話したいと思って、必死に声かけたんだよ。なのに、無愛想でさー、」
「何回すんの、その話」

お酒に酔うと、彼女はすぐにこの話をする。
高校に入学して、私とは違って彼女はデザインのコースに居た。
専門以外の授業はコースも関係なく組まれたクラスで受けるというシステムだった中、幸か不幸か私は彼女と同じクラスだった。彼女が私と仲良くなりたいと思っていたのは本当らしく、徐々に徐々に私のペースに合わせながら彼女は私と仲を深めていった。それはもう、入念だったと思う。自分でも難儀なやつだと思う私と、こんな風に成人してからお互いの家を行き来して、私に酒のアテを作らせる程に仲良くなるには、どんな困難があったのだろうかと思う。まあそれは、彼女が時々愚痴のように話すので少しは知っているのだけど。

「高校卒業しても、こうして居られるのは本当に幸せだけどねー」

アルコールに強くない彼女は、普段以上に軽口を叩く。
高校卒業と同時に彼女はデザインの専門学校に入り、そこを卒業してデザインの会社に就職した。彼女の部屋や身なりを彩るセンスが磨かれていくのを私はここ2年ぐらい見守っていた。私は、高校の先輩のツテで店のキッチンに立っていた。自由にさせてもらえるので、とてもやりがいがあるし、何より刺激をたくさんもらえる日々だ。

「気持ちよく酔ってるけど、明日は出勤じゃなかった?」
「明日はお昼からの出勤だよー」
「…今日も泊まるわけね」

専門学校時代から通っていたバイト先に就職した彼女は、何もない夜は私の家に来るか、自分の家に私を呼ぶ。私の家に来た時はそのまま泊まるのが恒例になりつつある。ちなみに、私は明日は休みだ。私の休みに合わせたスケジュールになっているのを、いつ知ったかは忘れた。

「今日もごちそうさま、おやすみ」

美味しかった〜と言いながら、食事前に風呂を済ませていた彼女は私のベッドに潜り込んで寝てしまった。普段はとても気が利いて、使った食器を置いたままになんてしないことを知っている。置きっ放しだからどうとかは、ないのだけど。気を抜いている彼女がここに居ることは、素直に嬉しいと思うようになった。
社交的な彼女は、驚いたことにその姿自体が彼女の素顔であった。素直さに、その快活さに、周りは彼女を放っておくことはなかった。いつだって、彼女の周りには人が居る。今の会社の人たちだって、ずいぶん彼女のことを気に入ってるのだと、話を聞いていればわかる。かつての彼女の恋人たちが、どれだけ彼女を大事にしていたかも、よく知っている。
恋人の話をして、私の気を引こうとする幼稚なところも、いつの間にか気に入ってしまっていた。私の料理を美味しいと頬張る彼女が、1番お気に入りの姿ではあるけど。

「いつまで、こんなのを好きでいるのー」

素直さ故に、まっすぐさ故に、他人を利用したこのアプローチの仕方に苦しんでいた彼女は、専門学校に入ってからはその戦法をやめたらしい。それよりよっぽど良い正攻法で彼女が私を攻めていることを、私は知っていた。私との時間を増やすことに、彼女はプライベートのどれくらいの時間を費やしているのだろう。
小さな寝息を立てる彼女の髪を指で梳きながら、私は考え続ける。5年前に彼女からの好意に気付いてからも、私は彼女との友だちとしての関係をだらだら続けていた。2年前に、私という人間にしては、1人の人間に対してよっぽど心を開いていることを自覚した。
食器を片し、明日の朝ごはんの仕込みをしながら思う。とびきり美味しいものを作って食べさせてあげたいという気持ちは、私の中の好意と繋がっているのだと。

彼女はきっとこう考えていた。
明日になれば、私が自分を見てくれるのではないか。明日になれば、私を諦められるのではないか。
私はこう考えていた。明日になれば、彼女は私のことを好きじゃなくなっているのかもしれない。明日になれば、私は彼女のことを好きじゃなくなっているのかもしれない。

彼女がどうして私なんかを好きでいるのかわからないし、自分の魅力を肯定できるほどの自信もない。彼女に確かめる気も今のところない私は、考え続けている。こんな情けない私を好きな彼女はとても馬鹿だと思う。

彼女の片想いの全貌は、私しか知らない。

いつか誰かに取られて泣くまで、私はやめられないのだろう。本当に馬鹿らしい話だ。



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