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庭の隅



あれは母が好きな花だ。毎日毎日、私たちとその花を眺め愛でるのだけが生きがいのような、そんな母が愛して止まない花だ。
私たちというのは、母の子である私と姉と弟のことだ。
その花というのは、名前は知らないが、ひっそりと庭の隅で母に世話される花のことだ。珍しい花で、育てるのも難しいと聞いた。だけれど、一度だって母はその花を枯らしたことがない。
世間ではよくあるらしい、親同士が勝手に決めた結婚のせいで、母はこの家に置かれている。なかなか大きなこの家との繋がりは、母の家にとってはとても大事なものらしく、母を家から送り出す事を惜しんだか、惜しまなかったか、それは知らないけれど、母は親の言うとおり、ここに住むことになった。私達から見て祖父と祖母に当たるその人達に、私と弟は会ったことがない。姉だけが、ずっと昔に会った事があるそうだ。私と弟はその時、母のお腹の中に居た。
母の花を見ると、母がこの家に来た話を思い出す。母の事と言えば、これくらいしか私は知らないのだった。
名前の知らない花の事を、私は心の中で母の花と呼んでいる。

「綺麗な花よね」
「…そうだね」

姉の言葉にぼそりと返事をする。
綺麗かどうか、17にしてその辺りの感覚があまり発達していない私だが、姉が綺麗だと言うのなら、綺麗なんだろう。
この家に来る人は皆、姉を見るなり綺麗だと言いながら近寄り、陰でこっそり溜め息を吐く。
だから、私が世界で唯一綺麗だと思う姉が、世間的にも綺麗なものだと言うことはわかった。とは言っても、その人たちの反応はまるで高価な宝石でも眺めているような物で、私はそれがとても嫌だったりする。
窓から見つけた私が居る庭まで部屋着のまま走って来た姉を、まん丸い月が照らして、私は姉の影に隠れた。
母の花の前でしゃがみ込む私を、姉が見下ろす。

「…お母さんが、どうしてこの花を大切にしてるか、知ってる?」
「え…知らない」

唐突に、目に光を受ける。姉の顔があるはずの方向に顔を向けたけれど、タイミング良く姉が私と同じようにしゃがみ込んだからだ。

「大切な人との思い出が、たくさん詰まった花なんだって」
「大切な人?」
「うん、好きで好きで、ずっと愛してる人が居るとか」
「じゃあ、もしかしたら私達、半分血が繋がってないかもしれない?」
「うーん、それは残念ながら…」

血にこだわり続ける私に姉は苦笑する。
もし半分でも、何か違ってるなら、少し違った姉妹だったら、許されるような気がするのだ。…許される? 何に? どうして?
私は、この人と血が繋がっていることが、恐ろしくてならない。

「その人、女の人なのよ」

思わず肩を揺らした。そっと手を添えられて、次には捕らえられていた。捕らわれてしまっていた。
もう、いつからかなんて、思い出せやしない。

「悠里は、まだ怖いんだね?」
「………」
「私が女で、貴女の姉だから?」
「………」
「それとも、私がもうすぐ嫁いでしまうからかしら」
「…楽しい? 妹を苛めて」
「そうね、恋人の貴女を苛めるのはとても楽しいわ」

余計なことばかりを零す唇が、私の何も零させない為に閉じきった唇を塞いだ。
きっとひどい顔をしてるんだ。
もうすぐ出来なくなってしまう、隠れて毎日のようにしてきたこれのせいで。ああもう、全部、全部、この人のせいだ。

月光が、庭の隅をひっそりと照らし続けている。

棘と、セピア色の花びらだけを私の中に残して、あの人は居なくなってしまった。




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