text 稚拙 香澄との、私が描く幸せな未来だけは、考えないようにしている。それはありえないと。もう、うんと昔から。 私と香澄が2歳の頃、香澄一家が私の家の隣へ越してきた。当然、私たちは同じ幼稚園に通うことになり、私たちは幼なじみとしての第一歩を踏み出していた。 香澄は可愛い。子ども心に、彼女はどこかのお姫さまだと思ったぐらいに。 見た目とは裏腹に気の強い所は、魅力とも言えると思う。そんな彼女を疎む人も少なくはないけど。 6歳の頃には、私が淡い恋心とやらを香澄に抱いていることがわかっていた。 どこか友達とその向きがずれていることをなんとなく理解していて、昔から面倒くさがりな性格である私は、誰にもそれを言わないでいる。 当時からぐちゃぐちゃした気持ち悪い感情を持っていた私は、砂遊びをしながらそれを隠すのが常だった。 穴を開けた砂場に砂を戻すとき、何度そこに香澄を入れたいと思ったか。誰の目にも触れられないように、そこに香澄を埋めてしまいたかった。 想像だけの独占は、虚しさを増すばかりだったけど。 「金沢くんが」 「仲井くんがね」 「亮くんってば」 15になった私は、いつからか毎日のようにこんな話を聞かされる。 香澄が、可愛いから綺麗と形容するに他ならない容姿に変わっていく様を、下手をすれば香澄の両親よりも私は眺めているのではないだろうか。 そんな容姿を利用して、香澄は色んな男の子と付き合った。 我が校の大体の男の子は香澄と付き合ったことがあるはずだ。 「ねえそら、聞いてる?」 「聞いてるよ。で、高木くんが?」 うちの親もそらなんて名前を良く付けたものだ。空は好きだから全然いやじゃないけど、大人になってから"沢崎そらです"、なんて、自己紹介するのが今から怖い。 考えたって仕方ないことを考えながら、卵焼きを口に放り込み適当に言葉を返す。やっぱり卵焼きには砂糖より塩だ。でも、少し入れすぎたみたいでその分しょっぱい。 「高木くんがね、今度家に泊まりにこないかって」 「…は?」 今日初めて、ちゃんと顔を見る。どんどん綺麗になる香澄にこれ以上惹かれないように、最低限しか彼女の顔を見ないようにしている(顔だけが好きって訳じゃないけど)。だけど、この瞬間は見ずに居られない。 青空を縁取った窓を背景にした香澄は、やはりとてもとても綺麗だった。 「それは…つまり、そういうことなんだよね」 「そういうことなのかな」 香澄がプチトマトを頬張る。 …やばい、なんか叫びたい気分。そして目眩を起こしそう。高木とかいうチャラ男くんを今から殴りに行きたい。見た目優等生のくせに、ちゃっかりしやがって。…まだしてないけど。 自然と眉間に皺が寄った。 「…香澄」 出来るだけ落ち着いた声で呼び掛ける。 今度はレタスをかじっている香澄は、大きな目を丸くした。 それから手に持っていた弁当箱を机の上に置いて、私の目を見詰める。 どこか寂しげな瞳すら、私の胸や心を焦がす。そのこびり付いたものを、果たして私は落とせるのやら。 「…そら」 その目は、その目の持ち主は、知っているのだ。ずっと昔から、私の気持ちや考え方を。なら、口に出してしまおうか。形にしてしまおうか。 「かす「そら、だめ」 だめだよそら。 それだけ言うと、香澄は手で目を覆ってうなだれた。 そのまま弁当には手を付けず、授業を受けて放課後がやってきた。 机から動こうとしない私が、たぶん彼女を引き留めている。 隣の席に座る不安げな瞳が、私を留めたのかもしれないけど。 「香澄」 もういいや。告げてしまおう。 楽になりたい。嘘が苦手な香澄も楽にしてやりたい。幸い、彼女は気持ちが悪いという類の拒絶を私に示したことはない。私がこの気持ちを告げようとするときに、辛そうな顔をするだけで。だけって、話じゃないけど。 「好き」 脈絡もなく告げたのは、私ではなく香澄だった。私は声も出ずに、呆然と香澄の綺麗な瞳を見詰めた。夕日の輝きを映す香澄の瞳は、眩しい。目を逸らしたくなるのに、目を逸らせない。どこまでも彼女は、私を魅了する。 「私も、そらが好きだよ。ずっと昔から、考えてた、…そらと同じ好きだと思う。同じ、好きで…」 やはり気付いていたのだ。私の気持ちに。そして、知らないふりをしていた。 机に伏せてしまった香澄に、でもと話を続ける。 「…香澄には彼氏が」 「誰も本当に好きじゃないよ、仲井くんも金沢くんも西尾くんも沢村先輩も好きじゃなかった…、高木くんも好きじゃない! ずっと好きなのは、そらだけ…」 「…じゃあ、なんで付き合うの…」 好きな子に好きだ好きだと言われているのに、全然、高揚感も何もない。変に冷静。 お昼の高木くんの話で違和感は感じていた。嬉しそうでも、恥ずかしそうでも、なんの感情も彼には向けられていなかった気がしたから。 だから、当然の疑問が生まれる。 「そらに私を諦めてほしかった、私がそらを諦めたかった」 涙声がそう告げる。 「なんで」 眉間の皺が深くなる。 私の声は微かな怒気を含み、色んな言葉を飛ばしそうになっていた。 「…私と、香澄は…香澄は私と付き合いたいとか、そういうのは考えてくれないの?」 「付き合いたい、抱き締めたいしキスをしたい…でも、辛いよきっと。どう足掻いても私は女で、そらも女の子だから、…私たちを拒絶する人も居る。そうじゃない人も居るだろうけど、それは稀な人」 「そんなの、わかってる! けど、じゃあ香澄に彼氏が居ようとどうにもならなかったこの気持ちを、私はどうすればいいの」 香澄との、私が描く幸せな未来だけは考えないようにしていた。していたのに、私は今希望を見つけたように、彼女にしがみつこうとしている。 「自分勝手でごめん。…私が香澄を好きじゃなくなるなんて、ありえない」 私が死んで、やっとこの世からこの気持ちがなくなるんだよ。 涙目がこっちを見詰める。再び夕日を映した寂しげな瞳に、やはり私は惹かれるばかりで。 私は立ち上がる。 すると、顔をぐしゃぐしゃにした香澄が飛び込んできた。 「…辛いよ、これから」 「香澄となら頑張れる」 髪に顔をうずめて、腕の中に香澄を閉じ込めた。 心臓の音が響いて、お互いの音もどんどん大きくなるのと同じように。 相手に届いてから返される好きの気持ちは大きくなって、またその好きを送って大きくなっての無限ループ。 まだまだ年を取れる私たちが、しっかりとお互いを支え合いながら歩けるかは誰も知らない。 やっと出会えた彼女との素敵な未来は、私たちの手の中に。 [前*][次#] [戻る] |