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chime
きゃっきゃ、と可愛らしい女の子の声が響く。
休み時間の教室内で、一番響くのは女の子の笑い声。次には男の子がちょっとやんちゃしてる音。
高校生にもなって何やってんだよ、その紙屑女の子に当たったらどうすんの、とか。女の子に対して紳士的であろうと、私は勝手に常日頃思っている。というのはもちろん嘘で。
教室の片隅、ひっそり読書をする女の子を見ながら、どうちょっかいをかけようか頭の中で考えていた。
特に思い付かなかった私は、無難な話題を振ってみた。
「なに読んでるの?」
「本」
それは見ればわかる。
そうは敢えて言わないけれど。
私が話しかけてもこっちを見ない彼女、それどころか遠慮なくめくられていくページ。めくる手つきに色っぽさを感じる私は、たぶんどうかしている。
「面白い?」
「全然」
ぱたん、と静かに本が閉じられた。
ため息をひとつ吐いた後、彼女が少し乱暴に本の向きを私に合わせて、片手でこちらに差し出した。私は黙ってそれを受け取り、ぱらぱらとページを捲る。
「…あのさ」
「短編なのに、全部全部同じことしかしてないの。つまらない以外になんて言えばいいんだか」
「そりゃ、これ…てか、官能小説じゃん…」
女子高生が読むものじゃないでしょ。
私はそっと、彼女の机に本を置いた。すると、彼女はやっと、私の顔を見た。
「顔赤いんですけど」
「あんたがそんなの読ませるからだよ!」
捲ったのは私だけど。
思わず大きな声を出して、周りの女の子の視線を感じる。
相変わらず、男の子は紙屑を投げては捕って、投げては捕ってだ。
「蒼ちゃんどしたのー?」
「ご、ごめん、びっくりさせて! なんでもないよー」
千香が声を掛けてきたので、慌てて言葉を返した。千香はそっかと可愛らしく笑って、他の2人と話を再開させたようだ。
「………」
無言で詩織を睨むと、当人はくっと笑って、机に上体を倒れこませた。
「あぁ…面白い」
ぱたぱたと足が机の下で動く。
それきり何も言わない彼女が唯一するその行動は、緩やかな流れを持っていて、しばらく黙ってそんな彼女を眺める。
微睡みに良く似た、優しい空間。
さっきまであんなに響いていた女の子の声も、男の子の騒ぎ声も、全部全部遠くに感じる。
おかしな感覚が生まれ始めた私を現実に引き戻したのは予鈴だった。
私はこのクラスの人間ではないから、そろそろ自分のクラスに戻らなければならない。
どうしてこうも名残惜しい。
クラスの端で、無表情のまま官能小説を読むような奴と、少しでも離れることが。あー病気に違いない、こんな奴が好きだなんて。
「蒼」
顔をそっと上げた詩織が、落ち着いた声で名前を呼ぶ。
「また放課後」
優しく笑う詩織にそう言われて、私はやっとクラスに帰るのだ。
毎日、彼女が一瞬見せる優しい顔を見なければ、残り二限を私は頑張れない。一方的過ぎる依存に、彼女も私にこんな気持ちを抱けばいいのにと、毎日彼女を見る度に思う。
彼女にだけなら、少しだけ紳士的になれるのに。本当に本当、私の物になればなぁ。
残りひとつのチャイムが鳴るのを、そんな夢を考えながら待つことが私の毎日することだ。
響いたチャイムに、がたんと私の椅子が鳴った。
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