[携帯モード] [URL送信]

text
* 仕組まれた悪戯


ペラペラペラペラ、よくもまぁこんなに薄っぺらい言葉を並べられたもんだと思う。
愛だの恋だの運命だの、すれ違いざまに良い香りがした、ただ阿保らしい言葉をそれらしく飾って、何人の人を私は嘲笑ったか。
吐き気がしたね。自分の言葉に、鼻を掠めた見知らぬ女の匂いに、指先の液体に、自棄になっている自分に。
本当に欲しいものは手に入らないこんな馬鹿げた行為に、一体私は何を求めているのか。
ただただ漠然と、けだるさの残る体をベッドに預け、傍らから聞こえる寝息を聞きながら考えた。
本当に欲しいものは、なにか。私は、ただただ愛されたい。愛が欲しい、なんて聞こえはいいけど。求めるだけの自己中心的な考え、私からは愛さない。私は深く人を愛せた試しがない。いつでも無償の愛というものを望んでみては、それはありえないのだと知らされる。それでも私の中ではまだ、希望と名付けた未練とやらが頭に残って、ぐるぐる奥の思考が誰かに覗かれつつかれて。
私はまた馬鹿になる。

わかりますよそういうの。私の元カノがそうでした。

起き上がって質問をしてきたこの人は、微笑しながらそう言った。
いつも私はこの話を寝た相手に言う。
言うというのはおかしいな。あっちが私に聞くのだ。
別に聞かれたくない話という訳でもないし、あっちが私に興味をもって質問をしてきたのだから、私の理想の関係を結べるかもしれない。
だから、なぜこんなことをしているのかと聞いてきた人には私の価値観のような恋愛観のような話を聞かせる。今もそうだ。
まぁつじつまはあってないだろうけど、前後の前は後によって内容を忘れられるのだ。つまり、恋愛観を話したとしても、それはこの行為の理由にはなっていないでしょう?という。

「元カノが?へぇ。好きなだけはいや?」

愛しても愛しても、その分の愛情が返ってこないのなら、きっと嫌になるんだろう。私はそんな終わり方ばかりだ。

「いえ、彼女が私を深く愛し始めたので、私ふったんです」
「愛したいだけ?自分に向いた愛は要らないの?」

私は少しこの人に興味を持った。初めてまともに顔を見詰めた。
綺麗な顔だ。まるで造形物。そういえば、声も美しかった。艶が入ったあの声だけで、男は何かをどうか出来るんじゃないか。

「要らない訳じゃないです。欲しいですよやっぱり。ただ、私を好きになる人って、私に本気になればなるほど、狂うんです」
「狂う?どんな風に」
「例えばこんなの」

彼女は私に顔を近付けた。

「あ、キス大丈夫ですか?」
「お好きに」

彼女はそっと私の首筋に手を添えて、鎖骨に向けて撫でた。背筋がぞくりとする。彼女の眼は女の眼で、近付くのはその眼だけではないことを唇に触れた感触から思い出した。彼女は舌先で上手に私を誘って、私はまんまとそれにのる。
ここまで遊ばれたのは初めてだ。卑猥な音が耳に届く。

「ん…ちょっと、失礼しますね」

濡れた唇に目がいく。なんとなく、噛みつきたい衝動に駆られて、けど、なんとか見るだけで抑えた。
失礼しますね。のあと、彼女は私の首に手をかけた。首の中心を。彼女が軽く押した。

「…これのもっと強い力で。私、それを十回首に受けました。私が今までに付き合った人の数は十人です」
「はー。1人1回ずつ?」
「はい。次になにをされるかわからないでしょ?死ぬのやですもん。すぐ別れます」

でも恋愛はしてたいんです。
二十歳頃と思われる彼女は、苦笑しながらそう言った。

「大変だねー、美人さんは」
「…あなたの方が美人ですけどね」
「それはどうも」

嫌な奴みたいだけど、美人とか綺麗とか、そういうことは言われ慣れている。だから、大した反応は期待しないでほしい。

「名前。教えてくれたりしません?」
「かなって言ったじゃない」
「偽名ですよね?それ。本名はやっぱりダメですか?」

なぜバレた。どうでもいいけど。

「じゃぁあなたから教えてくれる?」
「沙織、です。橘沙織」
「身分証明書」

嘘は吐いてないだろうけど。冗談のつもりだったが、私の冗談は大概真面目に受け取られる。
彼女は何も身に纏わないまま胸元だけを片腕で隠し、自分の鞄を取りにベッドを降りた。

「スタイル良いよね橘さん」
「ありがとうございます」

彼女も言われ慣れているのだろうか。大した反応はなかった。
彼女は免許証を出してきた。免許をとっているのがなんだか意外だった。
そこには確かに橘沙織とあったし、まぁ写真は現物の方が綺麗だと思うけど本人であるのは間違いなかった。

「橘沙織さん。ステキな名前だね」
「そうですか?ありがとうございます」

じっと見つめ合う。
そんなに名前が気になるのだろうか。

「…田中美雪と言います」

平凡過ぎてごめん。
けど、これが本名です。

「身分証明書」

彼女は私を真似て、意地悪く笑いながらそう言った。
私は自分の鞄を取りに行く。
バイクの免許証持ってきてるかな。
ガサゴソと橘さんに背を向けて漁っていたら、服越しに柔らかい感触がした。
私は、自分は服を脱がずに相手を弄るだけだから。
服越しの柔らかい感触は、橘さんのものだというのは確かだ。

「橘さん?」
「沙織…呼び捨てにして、美雪さん」

あれだ。脈ありというやつだ。
生憎、私はあんまり何も思ってない。
知り合い。知り合いと寝たってのも、おかしな話だろうけど。

「2回戦?」
「してくれるの?」
「割と簡単に。ね、沙織。付き合おうか」

軽いな相変わらず。
沙織の鼓動が伝わる。少し速いな。
心地いい音だ。
たぶん、一番興味を持っている。今までのどんな人よりも。この、沙織という人に。

「いいの?」
「深くは愛せないけど」
「その方が、私もいい」

死なずにすみますし。
くすくす笑う沙織の体と向き合った。
死なずにすむ。それは、別れるつもりがないのか。狂ってしまう程に人を魅了するらしいこの人に、私は益々興味が湧く。愛せるだろうか。愛した途端に、それは終わってしまうだろうか。

「死なないよ。きっと、私は大丈夫」

言い聞かせて見たけど、どうだろう。
顔をじっと見つめて、もう私はダメかもしれない。
美しい。
この美しい人を愛してみたい。それはそれは、とても深く。心の奥底から体の一番端の血管まで。

「そうだといいですね」

深く深く口付けて。
手を取り合ってベッドに沈む。首筋に顔を埋めて、舌を這わせて鎖骨を撫でた。
耳元で名前を囁くと、美雪さん、美雪さん、惚けたように何度も名を紡がれて、指先をきゅっと絡められた。
片方を外して下の方に手を向かわせて、少し触れたら。
愛しいな。
期待以上の状況と反応。ひくりと揺れた腰は押さえつけて。
何度も色んな人と吐き気がする程した筈なのに。
沙織が素敵。沙織がいい。沙織が可愛い。
既に、私の中には沙織のスペースが設けられた。
これが愛か。奇跡だね。まさか今日、会えるなんて。神様はいつも唐突に、運命の悪戯を仕組むのだ。

この愛の期限はいつまで
名前と一緒にこんなことも呟いて。

私が死ぬまで、です
返って来た答えに、永遠を感じた。

この行為は、彼女とのためにあったのだろう。


[前*][次#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!