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Before summer vacation.2


彼女の家に行くのは初めて、だったりする。綾が私の家に来たことは、出会った中一から今の高一までに、数え切れない程あるけれど、私は一度も、彼女の家に行ったことがなかったのだ。
基本、私は買い物が好きで、活動範囲はもっぱら外なのだが、家でのんびりと過ごすのも好きで。彼女は家でゆっくり過ごす方が好みらしく、彼女が私の家に行きたいと言えば、特に断る理由の無い私は、簡単に彼女を家に上げていたのだ。彼女が家に行きたいと言わない時は、一緒に買い物をしてもらい、私の趣味に走り、彼女は自分の家に私を誘うことも無かったので、必然と私は彼女の家にいくことが無かった。
その彼女の家に着くまでは、もうすぐ夏休みだね、なんて、他愛もなく平和な会話だけをした。

「……大きいね」

私の前にある外国にあるような大きなこれは、どうやら彼女の家らしい。
私の口から出た言葉は、何の面白みもないものだった。

「…必要以上に大きいだけだよ」

苦笑いしながら綾は大きな扉を開けた。
メイド、は居ない。何だか安心してしまった。

「お、おじゃましまーす…」

人が居る気配は何となくない気がしたけど、それでも一応挨拶する。
「誰も居ないから、気兼ねなくどうぞ」

…やはり居ないようだ。
にしても、広い。ふと開いていたドアの向こうを覗き込んでいたらそこは書斎だと言われた。

そんなことを何度か繰り返しているうちに彼女の部屋についたようで。あまりの家の広さに、私ここに居ていいのかな、って。笑いたくなってくる。

「適当に座っといてね」

嫌みなくニッコリ笑ってから部屋から出た彼女はパタンと扉を静かに閉めて行った。
……なんだか、落ち着かない。
私は部屋の中を見て回る事にした。…結構、シンプル。
ごちゃごちゃしていない。窓側にベッドが置かれていて、部屋の入り口から真正面の壁側に机が置かれている。さっき私たちが入ってきた扉側にタンスが置かれていた。黒と白と茶色で構成された空間。
彼女の清楚な見た目から考えると、とてもピッタリな部屋だった。けど、性格や好きなものから考えると、少し違う気がした。もう少し、ぬいぐるみとか、可愛らしいものがありそうなイメージだった。

ガチャ。
扉の方を見ると、プリンがひとつと、飲み物がふたつ乗ったお盆を持つ彼女が微笑んでいた。

「お待たせ」

お盆を静かに、部屋の真ん中にあるテーブルの上に置くと、そのままカーペットに座った。

「凜も立ってないで、座りなよ」

言われて、私はまだ自分が座っていなかったことに気付いた。
彼女がポンポンっと差した彼女の隣に座って、運ばれてきたものを見た。ちゃんとした容器に入った少し高そうなプリン。甘いものがそこそこ、いや、かなり好きな私はそれに釘付けになった。

「さ、食べて食べて」

プリンを一口分掬って、口に運ぼうとした私はジッと見られていることに気付いて、同時になんて私はガメツいんだろうと恥ずかしくなった。

「綾は?」

私だけ食べるのは、何だか気が引ける。それに、食べる所を見られるのは恥ずかしい。

「ん、いいのいいの。気にしないで」

彼女が言うに、プリンは家にひとつだけあったらしい。

「…じゃぁ、2人で食べよう」

そう言って、私は持ったままだったスプーンを差し出した。

「でも…」

それでも渋る彼女は、なんて良くできた子なんだろう。私だったらとっくに(特に甘いものだと)食べてる。
っと、私の話は関係ない。
このまま私が引くこともない。
私はスプーンの先を彼女の口元に持っていく。

「じゃぁ、はい。綾、口開けて?」
とびきりの笑顔付きでそう言うと、彼女はうっ、と喉から音を出し、眉を寄せて頬を赤くした。
…今、少し顔が赤いかもしれない。

「…は、恥ずかしい…」

しきりに私と目を合わせる彼女は、それでも、そんなに嫌そうな様子はなくて。だから、私はなんの意地だか、口を開けてくれるのを待つだけだった。

「……」
「……」
「……あー」

やっと開いた口にプリンの乗ったスプーンを入れた。
耳まで真っ赤な彼女を、私は楽しく眺める。

「…おいしい…私が言うのもおかしいけど」

私も一口食べてみる。彼女の言うとおり、おいしい。

「ふふっ。でしょ? 私が言うのも変だけど」

なんだかとてもおかしくて、二人そろってたくさん笑った。

ほらほらもう一口。
そう言いながら、私は何度も口の中にプリンを放って、そのたびに彼女は顔を赤くして。

「お礼だったのに、殆ど私が食べてる…」

私が楽しそうに笑ってるからか、それ以上何も言わずに、彼女は体を机に突っ伏した。
その様子にクスリと笑ってしまって、頭だけもたげた彼女が少しだけ睨んできたけど、それもなんだか可愛らしいので、私は余計に笑ってしまったのだ。

「もう、凜のバカ」
「実際に馬鹿なもので。すみませんね」

少し拗ねてしまったので、機嫌をとろうと、私は彼女の頭をぽんぽんっと撫でた。

「そうじゃなくて…どうして、…その、笑い方とか…可愛くて綺麗なのバカ、ていう…あー、自分で言ってて意味わかんなくなってきた!」

手で抑えた頬は、見るからに熱そうだ。あまりの赤さに、触れると火傷をするかもしれないと思った。

「可愛くて綺麗なのは綾の方だよ」
「へ」
「可愛くて綺麗なのは綾」
「…凜?」

もう少し、時間がかかると思った。もっと、何ヶ月って時間、もしかしたら何年。初めは、それぐらいの時間が、彼女、綾との関係の始まりまでかかると思っていた。

「私、彼氏と別れたよ」

あの告白を聞いた日、私はそのときの彼との関係を切った。あっさり、ばっさり。
それぐらいの時間がかかる、というのは、既に私が綾とそういう風になりたいと思い始めていたんだという事実に繋がる。今さら、やはり頭の弱い私は気付く。
その時点ですでに、綾に気は惹かれていた。意識したのは本当にこの数日だけど。

「綾。綾は、私のこと、…好き?」

好きという単語は、こんなに心臓の動きに関与するものだったっけ。こんなに大きな意味を、持つんだ。
とくとくとくとく、触れてないのに感じる、激しく揺れる心臓の音。誰か止めて、と思ったら、私の心臓はぎくりとした。
綾が泣いてる。

「え、ちょ、」
「凜のバカ! 私はこんなに執着してるのに! 好きに決まってる!」

私は目の前の赤い頬に手を添えて、流れ落ちた大きな涙の粒を受け止めた。
ほら、やっぱり熱い。火傷しそう。けど、火傷しそうなのは私の胸と頭と顔で。

「バカなのも綾の方」

悪いけど格が違うみたいだ。
こんな数日で一目惚れめいた惚れ方をした私は、綾より質の悪い。

おおばかもの。

ばか(綾)とおおばか(私)の、長くて愉快な夏休み直前のお話。


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