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十一月のある日
冷たい風が頬に触れ、僕は目を覚ました。
まだ、役割を果たしていない目覚まし時計を手にとる。

時刻は七時。
朝が弱い僕にとって、こんな時間に自然に起きるのは珍しいことだ。
まだ布団にくるまっていたい気持ちに誘われながらも、目覚まし時計の設定を切り、気を引き締めて誘惑から逃れる。
カーテンを開けると窓はうっすらと白くなっていて、普段外には通勤や通学で通る人がいるが、今日は休日。
白を通して見た街は静寂に包まれ、不思議と美しく、少し得をした気分になった。

朝ごはんの食パンをかじりながら今日の広告をチェックしていく。
と、一つの広告に目が留まった。
ヒマワリソーイングのものだ。
どうやら、今季初の毛糸の安売りを今日やるらしい。
もう編み物の季節がやってきたのかと実感する。

おもむろにつけたテレビでは、気象予報士が日中も少し冷えるだろうと喋っている。
風がカタカタと窓を鳴らしながら走っていく。
水でコーヒーカップを洗うのが億劫になるくらいの寒さだ。

普段ならこんな日はあまり外に出たくない。
だが、今日は外出することに決めた。

十一月上旬でこの寒さ。
これからもっと冷えていくのだ。
寒さが本番を迎える前に、黒崎に暖かくなるようなものを作ってあげたくなったから。
黒崎には何色が似合うだろうか。
最初にあげるのはマフラーか手袋がいいだろう。
体感気温は冷たいけれど、僕の心はぽかぽかと弾んでいた。

‡ ‡ ‡ ‡

少し買いすぎたかもしれないがいい買い物ができた、とヒマワリソーイングの袋を見ながら思う。
帰ったら早速これでマフラーを編もうと決め、足取りは軽くなった。
すると、向こう側からマフラーをあげようと考えていた人物がこちらに歩いてくるのが見える。
あのオレンジ色の髪はそうそういないし、僕が恋人を見間違うはずがない。

「くろさっ…き…?」

呼びかけるために発した声は、あることに気づき次第に弱くなる。
言葉を発することもできないその口は、閉じることを忘れてしまったのかのように開いたまま。

僕は目を疑った。
でも、そこにいるのは間違いなく黒崎で。
その黒崎が喋りかけているのは、長い茶髪の綺麗な女の人だった。
向こうはまだ僕に気づいていない。
はにかんだような表情で喋りながら、徐々にこちらに近づいてくる。

その光景に耐えられなくて、僕の足は勝手に家とは逆方向に向いていた。
そして、まさに逃げるようにその場から立ち去った。


‡ ‡ ‡ ‡


黒崎に会いたくなくて遠回りの道を全速力で駆け、やっとのことで家につく。
走った苦しさから開放されると頭の中に思い浮かぶのは先程の事。

すごく美人な女の人だった。
笑いかけている黒崎の顔が頭から離れない。

こんなこと考えたくもないのだが、やはり黒崎はあの女性と付き合っているのだろうか。
男の僕なんかよりも、美人な女の人のほうが黒崎もいいに決まってる。
そっちのほうが、黒崎にとっても幸せだろうし。

僕は一体、黒崎とって何なんだろう。
昨日も好きだと言われて抱きしめられたが…、全てが偽りだったのか?

当初の目的を忘れられた毛糸玉が床の上に転がっていた。
白・黄・青…様々な色たちが拾われることもなく。

僕の心は様々な毛糸が絡まったように、ぐちゃぐちゃになっていた。
自然と出始めた涙を止める術も、考えることができない程に。


‡ ‡ ‡ ‡





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あきゅろす。
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