嘲笑
ぽろろ、と柔らかな音色が目の前の青年から奏でられた。
見えない何かを辿るように、音色は何かを導くように繊細な糸を弾いて生まれる音はいつか聴いたことのある音色だった。
何という曲名だったか……。
そうだ、炎のボレロだ。
ゴツゴツとした岩肌に背を預けたまま目を閉じた。
遠くで火山が活発に活動しているが、本格的に大噴火するには時間が掛かる。あのヴァルバジアの力を持ってしても数時間だろう。
僅かな時間だ。
しかしあの竜に抗える存在は目の前にいるのにまだ目を覚まさない。
二枚目と称されるが整った鼻筋、最後に見た時よりも随分と成長した身体。
得体の知れない自分にさえ微笑みかけてくれたあの幼い顔が精悍さを増して大人に近付いていた。
元の姿の自分よりもゆうに超えているであろう背丈。心臓の鼓動に合わせて動く胸。
触れれば暖かいのだろう。
画面の向こうで見ていたかくかくとしたポリゴンの姿じゃない。
虚像にテクスチャを貼り付けた存在ではない、生身の人間だ。
普通に笑うし、泣きもする。
寝るといつの間にか同じベッドに寝てるし、たまにおねしょもする。
髪の毛に触れれば幼児特有のさらさらとした細やかな毛が指に感触を残す。
覚えてる。
この時間軸に来る前の彼との小さな旅を。
けれど、彼は知らないのだ。
元は自分はプレイヤーで、彼はプレイヤーの分身だ。
それだけの関係だったはずなのに、硝子とデータの壁がいつの間にか消えて、不思議な邂逅にて自分は嘘が本当になった世界に来た。
この世界がゲームの世界で、自分はそんなゲームがある世界から来たのだ。
それでも……、それでも。
お姉ちゃんと敬われていたけれど、ゼルダ姫と同じくらいとは言わなくとも、気にかけてくれているだろうか。
こんな姿になった自分を。
ガノンの手から逃れるためとはいえ、ずっと一緒には行けない。
1人だけでガノン軍と戦うしかない。
「そういえば」
奏でていたハープを止めて、此方を見つめる一対の瞳。
「君は黒い竜を見なかったか?」
『黒い竜?』
「そう、突然現れヴァルバジアと互角にやり合った竜だ」
『……ああ、突然巨大な影があったから多分それだろう。気を失う前にそれを見たから』
よくも咄嗟にこんな嘘を吐けるなと自分に嫌な感心をしながら、今一度自分が竜に変化した姿を思い出した。
自分は竜になったときの姿を見たことがない。
竜になるように念じれば成れるが、
竜ほどの大きさの姿見など無いのだから色以外どんな出で立ちなのかなど知る由もないのだ。
四足歩行なので西洋のドラゴンではあるだろうと認識しているけれど。
『(西洋の)竜は知性が有り友好的なのから、無くて貪欲で凶暴なのもいるからな。その竜は縄張り争いをしに来たんじゃないのか?』
「……そうだろうか。ただの縄張り争いなら部外者を助けるなどするか?」
『(……そういえば助けたんだっけ俺。すっかり忘れてた)その竜にとってそれは有益だったのかもな』
そういいながら再び勇者を盗み見る。
まだ、起きる気配はない。
そういえば、サリア(とミド)は今の姿の自分を見た時にユキセだと判断出来ていた。
なら、目の前に寝ている彼は自分に気付いてしまうのだろうか。
『』
「どうしたんだい?急に笑ったりなんかして」
『いや、ただの思い出し笑い。それより早く起きないかな』
「もうすぐだとは思うけど……」
助けるために来たのに、
気づかれることに怯えてるなんて、
笑える。
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